36 理想郷

 

誰もが誰かの役に立ちたがっていた。引きこもりも外に出て積極的に働いた。
直撃地域では、鬱病患者はどこに居たのだろうか?全く見なかった。
私の知っている鬱病の人物は、災害が終わってしばらくしてから再発したが、この間はやたら幸せそうだった。いきいきしていた。不自然なほどに。

震災直後、生命を捨ててでも人々は人々を助けた。
津波に対してその恐ろしさを知っている人々は停電した水門に走り、逃げられない体の不自由な人々を運び、逃げたがらない人々を説得した。
見たことも無い逃げてくる人々に家や布団を貸した。
犯罪から町を守ろうと、自警団を結成した。
暴走族や不良はこの間、姿を消し、また助け合いに参加した。
ボランティアは、不謹慎になってしまうからと無理矢理充実感を押し殺して帰るようだった。

そしてそれらは全て感謝された。

ごく一部の青空店舗でしか扱わず、液状化と瓦礫、塩水で失われた道路を自転車で長い時間をかけ移動しなければ手に入らない非常に貴重な肉ももらった。
社員だけが買える貴重なガソリンも分けて貰った。
何かいい商品の販売情報を手に入れたら、皆分け合った。

人手が要りそうな仕事で困っていることがあれば、怪我をする危険な仕事でも我先にと志願した。

そして人々はただ礼を言い合うだけだった。その間、みんな笑顔だった。

強力な悲劇と、恐らく人の営みの歴史でいつか失われたであろう純粋な幸福が同居していた。

 

誰もが、つらさを全く同じく共感している。
世の中のあらゆる精神的な辛さは共感によって相当楽になる。

たとえば東京の人にこの惨を3日間説明をして、あらゆる映像を見せても、実際に見る東名高速の玉突き事故の方が残酷に思えるだろう。
酒を飲みながら愚痴を3時間言っても、少し楽になった、という程度なのだ。

ここでは何も言わずともみんな辛さを実感している。目を合わせる必要すら無い。
ここでは何の愚痴をこぼす必要も無い。
ここでは何か別の辛さが起きても、みんなが駆けつけて助けてくれる。
ここではあらゆる競争も、主張される個性も、この直撃期間には全く無かった。

なるほど、みんなで強敵を打ち破るゲームが流行るわけだ、そう思った。

ただ、共感があり、共感しているからこそ、率先して動いて助け合う、そしてそれは全てお礼を言い、言われる。

現在、お礼を言われる「仕事」をするには、評価されるたゆまぬ努力と、他人を無理して押しのけねばならない。そのために受け入れられる個性が必要な場面も多い。
すこしでも楽をしようものなら、一気に落ちぶれていく。
「仕事」がこき下ろされ、全く評価されず、必要とされない自分だけが残る。
必要とされない立場に諦め、甘え、自分でも無理矢理繕う日々を過ごす・・・・・
そしてそれは誰にも理解されない。せいぜいが哀れみの目を向けて優しくしてくれる身近な人物が居る程度で、共感は無い。

決して長く続くものでは無いが、この助け合いを行った時期は、人類の、本来の幸福が共感から生まれる助け合いに有るのでは無いか、と思えるものだった。

 

あるとき、急に大きい樽を積んだトラックが家の前に走り込んできた。
「ッシャッシャ 水だ!」
トラックを運転してきた近所の元気な老人が笑う。

この老人は井戸水を人々に解放していた。やたらおいしく、菌は無い。おかげで飲み水には困らなかった。その中でチマチマ水を運んで風呂を炊こうとしていたうちの父親にまどろっこしさを感じたらしく、持ってきたという。

「おい!風呂さ投げてこい!」
父親は私に向かって言う。
老人は
「一人じゃ無理だべ」
と止めようとする。

70過ぎた老人と60を過ぎた父親と私がその場にはいるが、何かぎっくり腰にでもなりそうな不安がある。何せ水は暴れる。
「大丈夫です」
父親も言う。
「なに、こいつは大丈夫だ」
私が抱える姿に驚いて声を上げる老人。確かに重い。90kg?しかも持ち手のヘリは薄くて、これが食い込む。
巨大な樽を3つも運ぶと、風呂の水は満杯になった。

水道は止まっているから沸かせないぞ、と文句を言う復旧済みのガス湯沸かし器に、少々工夫をして動かす。

その日父親は風呂を近所に解放し、子供から大人まで6人ほど入った後、父親と母親が入ったわけではあるが
「もう水はほとんど無いよ」と母親が小声で言う。
「・・・・・・・・何よりに」

タオルで必死に髪を乾かす近所の少女はしかし、何か気持ちよさそうだったのである。

 

 

水は本当に無かった。

水位17cm。

35 理想郷

「・・・それから、ほかの人々と同じように、死を逃れた住民たちを懸命に助けた。彼らに助けられた住民の幾人かは、そうした災害に遭いながらもできるだけ滋味に富む昼食を振る舞ってくれた」

ヴォルテール ”カンディード” 岩波文庫

 

これは1755年、リスボンで発生した大地震とそれに伴う大津波は3万人(最近の研究。多くは10万人としている)の死者を出した。その出来事を元に作られた箇所にある描写である。
この震災は決定的な衝撃をヨーロッパに与え、ヴォルテールは悲観主義者となり、カントは地震学を世に生みだした。ポルトガルはこのきっかけを一つとして没落していったとされる。

 

話は被災直後ほどにさかのぼる。

被災地の人々は買い物にも整然と列を作る。正しい、さすが日本だ、と世界から賞賛の声があった。
実際整然と列を作っただろうか?
作った。見事に並んだ。ガソリンも長くは48時間並ぶのに、割り込んだのは極々一部の変な人である。

スーパー・コンビニでも自由に解放したから失敗したか?と思いきや、そんなに買い込む人はおらず、人が混むものの、売り切れにならない食べ物や飲み物は多々あった。譲り合いである。
人が入りすぎたので、一度に2人という制限をしたような話だった。(不届き者はわずかにいたようだが)

参考までに言うと、この地域の治安は良くない。なんというか、まあ・・・一時期給食費滞納率日本一だったという。不名誉な話だ。

買い占めが起こったのは被災地とやや異なる東京や内陸の話で、こちらでは全く起きなかった。
東京では買い占めが発生したという。私は震災後、現地より東京に行ったときの方が「水」を買う量が制限された気さえする。

恥、浅ましいと思うのは自由ではあるが、災害時この行為は非常に多く、我々にも影響が出るのではないかと思い込み、買い占めなどに走ったりするという。しかも今回は放射能のおまけ付きだ。
案外その買い占めが本当に功を奏し、自信の生存率を上げるかも知れない・・・・

何が無くなったかと言われれば、タバコが真っ先に売り切れた気がする。タバコは貴重だった。何故か、というか水が無い状態で飲みたくも無いのか、酒は無限にあった。
酒コーナーのシャッターを閉めているが、酒いいですか、と言うと、何にします?と商売を始める元酒屋現コンビニもあった。(地方は東京と異なる形のコンビニが多い)

(避難所の学校で少しでも酒を飲もうものなら、「こんな状況で!なんでお酒なんて飲めるんですか!」とヒステリックにわめき出す女性などがおり、「まあ一応学舎ですから」ということで我慢するような状態が起きたようだ。タバコはそもそも教員喫煙所が昔はあったから、あまり抵抗はないのだろうか?)

変だと思ったのは震災から2~3日過ぎてからである。
おにぎりなどを隣近所から貰うのだ。
作ったから食べろという。

これが多い。こんなに炊くのはただ事では無い。避難所と違い、一軒家には配給が来ないため、余裕はあまり無いはずではあるが・・・
最初は「代わりに何かよこせって事か?」と何か使えそうなものを返礼として渡す。

しかしどうもそれは的外れのようで、ただ単に分け与えるのだ。
太ってしまうぞ、これは・・・そういう量だ。

最初避難所で私が水を配ったのと同様、誰もが助け合い、協力しあっていた。

34 犯罪


聞いた話である。

自警団と窃盗犯の戦いはかなり苛烈なものがあったという。インターネットでも同じような事があったと散見できるので知っている方も多いと思う。
インターネットで上げられている例では方言など一言も示されていないが、リアルにその地方の言い回し(長年住んでいないと決して解らない程度の)が再現されている。
外部の人間には、このさりげなさはなかなか作れない。由緒正しい標準語の中に、トーンだけ”ケセン言葉”が混じっているような感じだ。(マニアックで申し訳ないが・・・)

私が聞く限りでは、戦闘が起きると窃盗を行う人間は「ビビッて」、数で勝る自警団も自警団の容赦ない攻撃は撲殺に等しいものもあったという。

最初は窃盗団も金庫を開けるためのバールを持つ程度だが、自警団の武装により、対抗措置としてさらにバットやゴルフクラブを持つに至った、と言う話もある。真実は?

 

聞いた話である。

新聞に載っていた気もするが、県外ナンバーの連中が少女幼女を誘拐しようとしたケースが多発しており、(平時でも良くある話だが)厳戒態勢が敷かれた。
これは平時でも発生する。つまり、どんなところでもそういった立場の人は集団行動をせよということだ。

ちなみに、検挙や発見が出来なかったからかも知れないし、十分なデータが出そろっていないだけかも知れないが、昨年より犯罪数は少ないペースである。
(宮城県警 犯罪統計参考。http://www.police.pref.miyagi.jp/hp/keiso/toukei/toukei_index.html#saisin)

 

聞いた話である。

破壊的な大津波といえど、原形を留める遺体はある。男が女性の遺体を掘り出し、死体を

つまりそういうことだ。

聞かなかった話である。

上記の誘拐はどう判断すべきか迷うが、強盗などの実際人間を打ち倒すような話は聞かなかった。強姦も聞かなかった。
ただの調査不足かも知れないので強くは言わないが、どこを巡っても本当に聞かなかった。むしろ前述の通り「ビビッた」窃盗犯が居た程度だったという。
バールを持った窃盗犯という凶悪そうな画像が流布されたせいか、内陸の人々からは本当に心配された。もちろん、被災者も心配したから自警団を結成したのだし、我々もそれに近い団体を作った。

 

本節を読むと、暴力に対して変な主張のようなものが目につくかも知れない。
よろしければ、「戦争における「人殺し」の心理学 」(ちくま学芸文庫) というのを読んでいただきたい。私の考えの多くが、たまたま災害の1年ほど前に読んだこの本から来ている。
今回の災害経験にあわせてかなり納得を深めることが出来た良著だ。

自警団が心配性の暴力主義者のように聞こえるかも知れないが、不安を持った人間に刺激を与えるのは良くないと言うことだ。
これは全くの持論だが、もしそういった状況に陥った場合、一般的な日本での自警団は、戦いに強く、人を叩き伏せたことはあれど、人の痛みを知るような人で構成されるのが望ましい。
過剰攻撃(オーバーキル)が起こりやすい状態なら、むしろ相手に心遣いがある程度が望ましい。

「なんでだよ!相手は犯罪者だろ!」
いい質問だ。こう言うのにしっかり自分の考えを示せないのは何かの「運動」や「思想」、「主義」に見えてこういった手記や経験談には問題が生じる。

まずここでは、冤罪考えないことにしよう。

通して犯罪者に優しく見えたかも知れないが、私が心配なのは自警団の方だ。こんな時に盗みを働く犯罪者は別になんというか、別に何回死んで貰ってもいいのだが、窃盗団が殺す気で反撃してきたなら、戦うこと自体が非常にリスキーだと言う事だ。その上一度転んだら出っ張っている瓦礫でバックリ肉を持って行かれるようなフィールドだ。その瓦礫の鋭さは、なにかにつまづいて少し強く踏んだだけで安全靴を貫通するという恐ろしいものなのだ。敵は窃盗団だけではない。

テレビ番組ではマスコミの入れる状態に回復しているため道路が見えたかも知れないが、攪拌された数メートルの鋭利な金属やコンクリ、ガラスが転がって、分厚く分厚く盛られた状態である。
まず一つ、危ないと言う事。
しかし、そんなことが問題なのではない。

人間をそのときは正当な理由で殺してしまっても、平時に戻ってそれを再評価され、批判されたとき精神に深いダメージを受けるとされている。書物でも、実感としても感じるのだが、間違いなく有事の行動は平時の人間に理解されない。英雄が一気に犯罪者になるのだ。
「おじいちゃん、ご苦労様!敵兵何人やっつけたの?」という評価が健全な戦争での殺傷行為であっても、教育が変われば「体制に従った人殺し」なのだ。その糾弾に耐えられる人間は少ない。

もちろん、そんな言いがかりを付けられて責められてしまっている人が居れば私は「あのときはしょうがない」と助け船を出したいわけだが、仕方が無かった、と説得して回るよりは最初から責められない行動を取るほうが現実的だ。つまり、降伏した相手には過剰攻撃はせずに、縛っておく程度にした方がよいということである。

とにかく、犯罪には平時から気を付けろと言う事だ。

 

 

見た話である。

真っ昼間に堂々と「茶色い紙」を持っている若者のグループという怪しい連中を見た。両手に余るような量だ。とても幸せそうな顔であった。
(こういうとき私がつくづく思うのは、せめて自分のあずかり知らぬ所で重要な決定権を持つ”印鑑”を廃止して欲しいということだ)

 

見た話である。

特に電気が来た頃から、妙に路肩にキレイめなバットやゴルフクラブが転がっていた。これが非常に多い。「元々、こんなところにあったっけ?」とおもったが・・・・なんだったのだろうか。キレイだから、使われていないと思いたいが・・・・

東日本大震災-136
何故か道ばたに増えるバットなど。もし多人数にこんな
ものを投げつけられたら、という最悪への想像力が必要かも知れない – 宮城県七ヶ浜町

33 犯罪

約14万6千台

宮城県が発表した、宮城県内だけでの被災した自動車数。全体ではさらに倍を超えるとされる。

ガソリンの供給不足は異常だった。
満タンにするために、人々は前々日から、つまり48時間近い時間をかけて並んだ。
ほとんどのガソリンスタンドは緊急車両専用だった。緊急車両の紙を偽造し、ガソリンスタンドに入ろうとする者も居た。
このガソリンスタンドでガソリンを売る、と言うK新聞の情報を信じてガソリンスタンドに向かったが、ガソリンスタンドは閉まっていた。翌日、K新聞は誤報を認め謝罪した。

我が家の車もガソリンが無くなり、ただの充電池と化した。

津波の勢いが保たれなくなったあたりの、いわゆる波打ち際に大量に打ち上げられた自動車はほぼ根こそぎ給油口が開けられ、或いは下からタンクに穴を開けられガソリンを盗まれていた。

それは信じられない光景だった。自動車が大量に打ち上げられた光景ですら異様なのに、そのガソリンが盗みに盗まれている。
盗むには余りに大量に密集した自動車なのだ。大阪に住んでいるのなら、なんばの商店街の人間が全部自動車になって打ち上げられているのを想像すればいい。東京に住んでいるのなら、秋葉原のにいる人間が全部自動車になって打ち上げられているのを想像すればいい。

しかし、これは想像しづらい。まだ3月も中旬に、20キロも離れていない宮城県の某所からタクシーで帰ったとき、運転手とこんな会話をした。

「テレビで見ましたが、多賀城も酷そうですね」
「まだ自動車かなりありますからね」
「いやー本当に酷そうですからね」
全く明かりが無い多賀城にさしかかり、ヘッドライトがうっすらと道路沿いの塊を照らすと、
「せいぜい数台と思っていましたが・・・これは・・こんな・・・こんな事が・・・・」
同じ県内に住んでいても、それほど信じられないのである。

_DSC2651
異様な量の自動車だった – 宮城県多賀城市にて

そんな中、父親は自分の流された軽トラからうまいことガソリンを抜き取ってきた。15リットル程度だろうか。塩水が入っているので分離すると、うまいことエンジンがかかった。
母親の職場である病院からカテーテルを調達した。病院は変わり果てており、分厚い泥の中にバイオハザードの缶がひっくり返っていた。流された母親の車からも抜き取ろうとした。ガソリンを入れたばかりだったが、どうもほとんど入っていない。
ここで解ったことは、ハイオクはほんとうに不味いということだった。ものすごく口が痛い。人の飲み物とは思えない味だ。

この頃、ガソリンスタンドなどの関係者で怪しい連中が跋扈していた。

「1リットル1000円で用意出来る、買うか?」

そう言い寄って来た者も居る。この話をすると、いつもこう言われるのだ 酷い、と。断っておくが、1000円は高くない。タクシーがせいぜいの移動手段だ。私は足下を見た商売だとは思わない。正しい価値だ。タクシーは同じ距離を走れば、2000円~3000円取られるだろう。

このガソリンの出所はどこなのだろうか?

それは私は知らないが、そういう話があった。それだけである。

ワークアウト

皆元気にしているだろうか。福利厚生担当である。
最近またもや急激に冷え込んで来た。こちらでは山に雪も見える。
体には注意を常々して欲しい。

日本の糖尿病率は急激に順位を上げ、
「大丈夫、大丈夫、日本はやせ形が多すぎるほどだ」と言われてきたが、
いくらやせ形が多くとも非先天的糖尿病も増えないとこの結果にならないのではないか。

気を付けていただきたい。

本日はトレーニングについての注意をしておく。
出典を探すのが面倒なのでやめておくが、憶えておいて損はない。

1セットだけのトレーニングは避ける
明確な目的を持った戦略的なトレーニングなら別だが、退化するという研究結果が示されている。10回なら3-4セット行おう。何?60秒休憩で10セット?


緩いトレーニングは避ける

玄人の行う疲労抜き、メンテナンスやパフォーマンスアップの戦略的なトレーニング、また、バーベルやダンベルでのした事がない種目での軽重量での練習とは異なり、初心者がエアロバイクや水泳、ランニングをから緩やかにならすつもりで、と始める場合がある。
それはやる気を出す手段としては構わないが、結果を出す手段としては退化を呼び込むとやはり研究結果で示されている。緩いトレーニングは現状維持では無く、悪影響を生むのだ。
(そもそも、初日から”目的のためになら今日から何でもやる”とガッツリやるような人じゃ無いと厳しいのだが)
下半身が安定している老人がさりげなく緩そうにしているように見せる早歩きなども、原初はきつかったのである。
手を抜くための仮定を勝手に、しかもあらゆる手段を使って当てはめてしまいがちだが、限られた寿命の中での進化は必ず信じられないほどの苦しさを伴う。そこには近道も逃げ道も無いのだ。

トレーニングが終わったらうがい・手洗いを徹底する

トレーニング後はただでさえ抵抗力が弱るという研究結果が示されている。
うがいをサボるというのは、車をつかった旅行の前日にドライバーが徹夜麻雀をするのに等しい。

それではグッド・ラック。

32 犯罪

「知っている限り非常に危険な事として、多人数が興奮するとより攻撃的になれること。
また国同士で経済的な差があったり、生命に対する価値観が異なったりするので・・・この差が大きいとやはり、より攻撃的になれること。5-10人だの某外国人だのは不味いね」

私は続ける。

「逆にも当てはまる。僕らが多人数になった時、うっかり攻撃的になって必要の無い攻撃を加えてしまう事がありうる」
「えらい優しいですね」
突っ込みが入る。
「そんな奴らは死んでも構わない、というのはごもっともだが、殺すというのは殺す方に大きい精神的問題を生む。話が長くなるから省略するけど、人間はそもそも、殺されてでも殺したくないようなんだ。そこを無理すると気が狂う。ベトナム帰還兵のようにね」

「詳しいですね 殺したことがありそうな」
Sが突っ込む。
「勘弁してくれよ。いいか、そうでなくてもくだらない喧嘩でガラスの破片が変な神経を引っ掛けたとする。そんときはかっこよく勝ったとしても一生障害者だ。武勇伝と引き替えるには、争いはつくづくむなしいものなんだよ」
「確かにそうッスね」
「そして、決定的なことがある。盗人への警戒なんて、本当かどうか、有事か平時かなんて関係無いってこと!夜になったら家の鍵をかける。自分の家の敷地で見たことも無い連中に出会ったら、間違いなく空き巣・・・窃盗犯以上は確定だ。声や音を出しても逃げないようなら強盗や殺人の類だろう。ここまで来たらもう戦うしかない。今警察も居ないし、電気もない。夜に警戒しようじゃないか。こんな大災害が来たときくらい、寝不足になってもいいだろう」

「な、なるほど」
SとTは何となく勢いで納得させられた気分になったような返事をする。

「いいか、金属のバケツをぶったたいてとにかく音を出せばいい。あとは大声を出すんだ。気付いたら俺が行ってなんとかする 相手が3人以下だといいが」
Tの家は2軒隣なだけで、近い。
「鳴らせるけど・・・ほ、本当に来てくれるの?」
Tは不安げである。Tは運動神経なら私より遙かに高いが、間違いなくこういった状況では怯える。人間が人間を相手にするときは、災害とは異なり容易に「パニック」を起こす。
人間は殺すよりも殺されるほうを選ぶのと一緒で、”人間の怒った表現”に基本的に弱いと言われる。

「なんというか、実際経験した事がないけど、たぶん大丈夫」
優先順位の問題である。こういうので逃げるのは私の中でおそらく死ぬよりかっこわるい。

「向こうが本気にならなくてもやばいのはボウガンとかの飛び道具だよ。さすがにまず持ってないと思うけど、めちゃくちゃ眩しい(高い)ヘッドライト、消火器、小回りが利く40cmも無いような鉛管(ガス管などにつかわれる金属の管)でなんとかしようか」

Tはなんとなく怯えながら言う。
「う、うん」

「最後はこれで手を叩くだけで済めばいいが」

ヘッドライト、消火器は視界を奪うため、戦いを避けることが出来るかも知れない強力且つ優しい武器だ。鉛管は?

私は昔剣道をやっており、籠手と面を相手に痛いように打ち込み怯ませるように重点を置いた練習ばかりしていたせいで、小学生の時点で師範に痛がられるようになっていた。しかしその変な練習のおかげで成長は遅かった。「さし面!それ本当に相手を倒せるんですか!」という、素直じゃない子供だった。そのおかげで、剣道最強の武器である突きを仕込まれるには至らなかった。(今は絶対にこんな無駄なことはしない)
その甲斐があってか?私はかなりの手首の力を保有している。どうしようもない接近戦になった場合、まずまずの場所にスナップを利かせた一撃を打ち込めば間違いはない。そのための鉛管である。

「僕も一応脅しのためにバケツをならすけど、大丈夫だ。来なくていい。その代わり気付いたらその場でバケツを鳴らして欲しい。思いっきりね」

「わ わかった」
Tはうなずく。

「お、おれは・・・」
しばらく蚊帳の外だったSは慎重に突っ込んでくる。残念だがSの家は爆弾でも爆発しない限り音が聞こえないほどの距離がある。

「アンタは家のモノはある程度諦めて、今のまま避難所にいな!命は絶対に助かるぞ!」
「えー!そんな!」

_DSC2634
実際の状態。こういった明るさで会話は続けられた – 3/15撮影

そんなこんなで暗くなった。道ばたで出会ったご近所さんにもその旨を伝えると解散した。
玄関にろうそくを余震で倒れないように立て、人が居ると示し、そして裏口に通じる道に音がよく鳴るトタンを仕込んで、裏口の方に開けた窓際を向いたまま軽く寝ることにした。朝になったら本格的に寝られることになる。

結局、電気が来るまでこれを繰り返すことになったのである。
避難所といい、どうも災害時は寝返りが打てないようだ。まさか家でも。

さあ、日没だ。

 

「まもなく 日没です・・・・」

31 犯罪

「避難所でやたらカゴに食べ物持ってる人、ここらでみたこと無いとか。なんか避難所に情報集めに来てるんじゃないかって話です」
「まあ、食い物だけだったら、どうせ腐るしな」

翌日に3人で再度集まり、怪しい連中が確かに居たという情報を交換しつつ、コーヒーを出す。

私はどちらかというと、「売り物にならない商品なんていうのは最初から配れば良かったのだ。どうせ腐る」派だった。そんなことより重要な事は山積みだったと思うからだ。
着るモノも水につかったようなモノなら、全部くれてやれよ、という気分だった。

おおっぴらに言うと有事の際に早い者勝ちと勘違いする輩が居るだろうから小声で言うが、
多賀城で被災した○ちゃんというカップラーメン製造会社の某氏は、「好きなだけ!持てるだけ持って行け!」とぶちあげた。(はいいが、あまりお湯が無い。数キロの沿岸に渡って○ちゃんは大量に漂流した)
同じ多賀城の某ビール工場もやはり、売り物にならないからどんどんもって行ってくれ、と言ったと聞いている。(こちらは東北の3月で冷えてはいるが、衝撃で振られているので吹き出るだろうけど・・)

こう言う際に、「破棄するから持って行くな!金を出して正規に買え!」という会社は一般的に愛されるだろうか?大塩平八郎はその乱で、現大丸デパートだけ焼き討ちを止めたという。
(もちろん言い分が道理にはかなっているのは間違いないが)

寒いので売り物にならないであろう衣類を持って行くのも大した行為に見えなかった。
ここぞとばかりまき散らされたブランドバッグに群がるのは浅ましいが、そんな人々を責めるような気分でも無かったし、嘆いた人は居たが、「許せない!」と言う人にも現地で会ったことは無かった。
続けよう。

床屋の息子のTは言う。
「○○の金庫もやられたって。新聞だと結構銀行とかもやられたとか」
それを聞いた父親は言う。
「新聞!ウチこねーんだよ!何日経つと思ってやがるあの新聞!役にたたねえ。解約するか」
「いや、盗まれてるかも知れませんよ」
すかさず放たれたTの返事は周囲を静かにする。
「なんか、朝早く、新聞盗んでいく連中が居ると聞きます 朝怪しい連中もみました」
「マジか。それ、ちょっと凄いね。新聞は腐らないしね」

神妙な顔でコーヒーを飲みながらTは言う。
「2人組の原付以外にも、バットとかを持った5~10人組の連中が荒らし回っているとか」
夜で何人か解りづらいとしても、5人から10人は相当多いだろう。
Tは続ける。
「なんか某外国人の窃盗団っぽいのがいるって」

やや沈黙。

私は言う。
「そいつらがマジで人を襲うかどうか。これがとてつもなく重要だね。いくつかはっきりしていることがあって、
まず、金目のものは唸るほど落ちている。ここは間違いない。しかも治安はほぼ機能していない。今盗人にして見れば盗まないメリットは無い」

消防団、消防署員、自衛隊員と異なり警察官は被災後しばらく見なかった。後の広域にわたって壊滅した被災地に赴いた際の職質の多さやメディアでの報道を参考にすると、どうもあまりの不審人物の多さにとてつもなく忙しかったようだ。

「ただ、人を襲わなくても手に入る状態じゃん?そんなチャンスにリスク背負って人を襲うかどうか」

_DSC2652
窃盗の舞台。サングラスマスクをした連中がモノを盗み出している写真が話題となったあるコンビニ。奇しくも海賊モノのキャンペーンの垂れ幕が下がっている。大量の自動車はどこからか打ち寄せられたものだ – 宮城県多賀城市にて 3/17撮影

リアルな金額で恐縮だが、ほんとか嘘か多賀城で430万円の現金を拾ったのを吹聴する連中も居た。また当時の新聞を見ると窃盗を受けた銀行や家は多数に登り、気仙沼信用金庫では四千万円の被害にあったと述べられている。実際気仙沼信用金庫は鍵が開きっぱなしになっていたと言う話である。そういったものを誰でも拾える状態にあったと言うことだ。

ただ、私にとっては優先順位が平時とかなり異なっていた。こんな有事でも一切のモノを拾わないような人々は理想的だろう。火事場泥棒と言えば憎まれる最右翼である。私も平時ではそういった考えだった。しかし有事の今は落ちている現金が誰に拾われようが大して気にならなくなっていた。変な場所に入り込んだ自動車を覗き込めば、亡骸が入ったままなのである。連日遺体安置所はパンパンになった。大爆発も控えている。原発も飛んだ。コンビナートにひときわ高くそびえる巨大な高圧鉄塔は斜めになっている。圧巻だった。

老人のなけなしの貯金だろうが、仕事先を奪われた災害弱者であろうが、火事場じゃなくても道路の真ん中に金を置いとけば無くなるわけで、もちろん、そんな人間がのさばって居るのは残念なことではあるが・・・・そこは平時と変わりはないと思ってしまったのだ。

しかし、日本で行われる犯罪に普段ならつきまとう捕まるというリスクがあまり無いのである。それは犯罪を受ける側に脅威となった。襲われるかも知れないとなったらなおさらである。
留守だと思って入ってきたが、そのときに人間がいたら逃げてくれるのか、さらに奪いに来るのか?それは重要だった。

私はここまで金・モノが転がっていると、まず人間を襲うメリットがない気がしたが・・・

ウェブ魚拓のサーバ安定化

ウェブ魚拓をご利用の皆様、ありがとうございます。
数十日に一度ぐらいのペースでたびたびサーバが非常に重くなっていた件について、自動的に復旧するように対策を施しました。
より安定したサービスをご提供して参ります。