31 犯罪

「避難所でやたらカゴに食べ物持ってる人、ここらでみたこと無いとか。なんか避難所に情報集めに来てるんじゃないかって話です」
「まあ、食い物だけだったら、どうせ腐るしな」

翌日に3人で再度集まり、怪しい連中が確かに居たという情報を交換しつつ、コーヒーを出す。

私はどちらかというと、「売り物にならない商品なんていうのは最初から配れば良かったのだ。どうせ腐る」派だった。そんなことより重要な事は山積みだったと思うからだ。
着るモノも水につかったようなモノなら、全部くれてやれよ、という気分だった。

おおっぴらに言うと有事の際に早い者勝ちと勘違いする輩が居るだろうから小声で言うが、
多賀城で被災した○ちゃんというカップラーメン製造会社の某氏は、「好きなだけ!持てるだけ持って行け!」とぶちあげた。(はいいが、あまりお湯が無い。数キロの沿岸に渡って○ちゃんは大量に漂流した)
同じ多賀城の某ビール工場もやはり、売り物にならないからどんどんもって行ってくれ、と言ったと聞いている。(こちらは東北の3月で冷えてはいるが、衝撃で振られているので吹き出るだろうけど・・)

こう言う際に、「破棄するから持って行くな!金を出して正規に買え!」という会社は一般的に愛されるだろうか?大塩平八郎はその乱で、現大丸デパートだけ焼き討ちを止めたという。
(もちろん言い分が道理にはかなっているのは間違いないが)

寒いので売り物にならないであろう衣類を持って行くのも大した行為に見えなかった。
ここぞとばかりまき散らされたブランドバッグに群がるのは浅ましいが、そんな人々を責めるような気分でも無かったし、嘆いた人は居たが、「許せない!」と言う人にも現地で会ったことは無かった。
続けよう。

床屋の息子のTは言う。
「○○の金庫もやられたって。新聞だと結構銀行とかもやられたとか」
それを聞いた父親は言う。
「新聞!ウチこねーんだよ!何日経つと思ってやがるあの新聞!役にたたねえ。解約するか」
「いや、盗まれてるかも知れませんよ」
すかさず放たれたTの返事は周囲を静かにする。
「なんか、朝早く、新聞盗んでいく連中が居ると聞きます 朝怪しい連中もみました」
「マジか。それ、ちょっと凄いね。新聞は腐らないしね」

神妙な顔でコーヒーを飲みながらTは言う。
「2人組の原付以外にも、バットとかを持った5~10人組の連中が荒らし回っているとか」
夜で何人か解りづらいとしても、5人から10人は相当多いだろう。
Tは続ける。
「なんか某外国人の窃盗団っぽいのがいるって」

やや沈黙。

私は言う。
「そいつらがマジで人を襲うかどうか。これがとてつもなく重要だね。いくつかはっきりしていることがあって、
まず、金目のものは唸るほど落ちている。ここは間違いない。しかも治安はほぼ機能していない。今盗人にして見れば盗まないメリットは無い」

消防団、消防署員、自衛隊員と異なり警察官は被災後しばらく見なかった。後の広域にわたって壊滅した被災地に赴いた際の職質の多さやメディアでの報道を参考にすると、どうもあまりの不審人物の多さにとてつもなく忙しかったようだ。

「ただ、人を襲わなくても手に入る状態じゃん?そんなチャンスにリスク背負って人を襲うかどうか」

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窃盗の舞台。サングラスマスクをした連中がモノを盗み出している写真が話題となったあるコンビニ。奇しくも海賊モノのキャンペーンの垂れ幕が下がっている。大量の自動車はどこからか打ち寄せられたものだ – 宮城県多賀城市にて 3/17撮影

リアルな金額で恐縮だが、ほんとか嘘か多賀城で430万円の現金を拾ったのを吹聴する連中も居た。また当時の新聞を見ると窃盗を受けた銀行や家は多数に登り、気仙沼信用金庫では四千万円の被害にあったと述べられている。実際気仙沼信用金庫は鍵が開きっぱなしになっていたと言う話である。そういったものを誰でも拾える状態にあったと言うことだ。

ただ、私にとっては優先順位が平時とかなり異なっていた。こんな有事でも一切のモノを拾わないような人々は理想的だろう。火事場泥棒と言えば憎まれる最右翼である。私も平時ではそういった考えだった。しかし有事の今は落ちている現金が誰に拾われようが大して気にならなくなっていた。変な場所に入り込んだ自動車を覗き込めば、亡骸が入ったままなのである。連日遺体安置所はパンパンになった。大爆発も控えている。原発も飛んだ。コンビナートにひときわ高くそびえる巨大な高圧鉄塔は斜めになっている。圧巻だった。

老人のなけなしの貯金だろうが、仕事先を奪われた災害弱者であろうが、火事場じゃなくても道路の真ん中に金を置いとけば無くなるわけで、もちろん、そんな人間がのさばって居るのは残念なことではあるが・・・・そこは平時と変わりはないと思ってしまったのだ。

しかし、日本で行われる犯罪に普段ならつきまとう捕まるというリスクがあまり無いのである。それは犯罪を受ける側に脅威となった。襲われるかも知れないとなったらなおさらである。
留守だと思って入ってきたが、そのときに人間がいたら逃げてくれるのか、さらに奪いに来るのか?それは重要だった。

私はここまで金・モノが転がっていると、まず人間を襲うメリットがない気がしたが・・・