19 所感

山元町-045
駅前の光景とは思えない山元町。避難指示に住民の大半が従わなかったのが問題となった – 宮城県山元町 5月撮影

「住民にも行政にも油断があったと言われれば、返す言葉はない」

宮城県山元町町長 (時事通信社 2011 5 8より)

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以前の写真はwikipediaから 宮城県山元町坂元駅 2006

 

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駅舎は立て直したばかりのトイレをのこし、どこかへ行ってしまった ホームも一本無くなったように見える – 宮城県山元町山下駅 5月撮影

前回「油断は誰でもする。まず我が身を見よ」と言う説明に丸々1話費やした。
これから紹介する油断の例を噛みしめていただきたい。
何故この油断が生まれたのか、それは震災後の私が出会った実例で説明していきたいと思う。
ここで紹介するのはまず「油断」がうんだ悲劇である。誰がどう言おうが油断である。
しかしみんな油断するものである。

津波警報を聞いたみんなは急いでいるわけでもなく、まっすぐ避難はしていない。

ある人は言った。「もっていくものを準備している」

ある人は言った。「一旦逃げたけど忘れ物があった」

ある人は言った。「渋滞に巻き込まれた」

ある人は言った。「人を探している」

ある人は言った。「点呼を取っています」

ある人は言った。「津波はいままで通り小さいのしか来ない」

ある人は言った。「3mとあった。届かない場所に住んでいる」

ある人は言った。「さすがに今回は津波が来ると思うので海を見に行く」

ある人は言った。「みんな信じてくれないので、職員が一軒一軒回っています」

ある人は言った。「津波は三陸だけの特産で関係は無い」

最後の3つは信じがたいかも知れない。最初に紹介した時事通信社が述べている言葉を単純にしたもので、山元町の話である。
(私はこの油断を他人事だとは思わない。津波の教育を全く受けていないような人が頭で解るだろうからすぐ逃げるというほうが信じがたい)
しかもこの油断の一部には、積もりに積もった100年以上の歴史的背景をもつものもある。(それは後々”三陸”の項で説明する)

 

■油断、パニック、急げ
この3つのワードを結びつけるのはかなり難しい。しかし重要な繋がりがある。
(パニックは”恐怖による混乱”とする)
まず、「とにかく急いで避難」と最初の所感で述べた。
よく、「地震があっても冷静に、パニックになって逃げると将棋倒しなどが発生して悲惨な怪我をする」と聞いたことは無いだろうか。
人には、緊急時にパニックになったら・・・、という先入観が”強力に”存在する。(私にもあった)
しかし本震災に出会って警報が鳴ってからのみんなの落ち着きようを見てるとどうも変である。
確かに映画や漫画でしか警報で発生するパニックを見たことが無い。
大抵みんな冷静になったつもりでどっぷりと油断している。
おそらく当てはまるであろう、人は何故逃げ遅れるのか(広瀬弘忠 2004 集英社新書)、災害ユートピア(レベッカ ソルニット 2010 亜紀書房) 両紙の言葉を借りると、一般的な認識の・・・

「パニックは神話である」

人が災害発生時に、特に警報だけでパニックになって逃げまどう事はまず無い。
くだらないことに人がパニックを起こすのは地震や津波よりも部屋に紛れ込んだ「ゴキブリ」である。パニック自体は確かに存在する。
しかし地震や津波の警報、また実際に出会っても早い段階では恐怖はあっても混乱など起きなかった。

災害を起こした地球もあまりの人間ののほほんっぷりに大層驚いているに違いない。そもそも地震や津波なんてものはパニックになってでも逃げるべきものなのだ。
災害ユートピアではこう書く。
「もしパニックというのが人々が大変な恐怖に駆られていることを意味するなら、おそらくそれは災害の発生時に起きることとしては極めて正しい理解だろう。(中略)実際、災害が発生したときには(中略)恐怖を感じるべきだ。一方で、怖がっていると正しい行動がとれないとは言い切れないのだ」

同書はむしろハリケーン・カトリーナの際「群衆がパニックを起こしていると思い込んだ警官や軍が秩序を持った群衆を射殺した」と言う。
パニックを起こすのはむしろ、民衆がパニックになっているという思い込みに怯える災害から遠い場所で情報を得ている人物の類やエリートの類であると述べている。
みんながパニックになるから不安を与えるな、正しい情報を隠せ・・・気休めを言え・・・危険であろうから射殺しろ・・・
これこそ恐怖による混乱、パニックそのものである、と言う事である。

確かに私に震災時に来た安否確認メールにはパニックそのものの乱筆のものがあった。そしてそれらの人物は震災をテレビで見ただけだった。
同じ被災者からのメールは極めて冷静である。

さて東北という首都から遠い地では現実感がわかないだろう。
もう一例を上げよう。長期振動とされる本地震は東京の高層ビル群に強く作用するという。その状況ではどうだったのだろうか。
東京オペラシティタワーの高層階(相手側社名があるのであえてこの表現にさせ
ていただくが、このビルは非常に高いビルである)に居た当社の人物は言う。

「明らかに巨大な地震だった。揺れが一段落してもだれもが上を見回すだけで逃げない。私は”不味いですよね”という人物と一緒に、非常階段で震災時会社に指定されているビルの外の集合場所にさっさと降りていった。まともに逃げたのは二人だけでは無いかというほどだ」

実は震災時のビルからの正しい避難というものは非常に複雑かつ曖昧である。耐震性、会社の防災対策、揺れ等に左右されるとしか言いようがない。
(ちなみに家や職場にそもそも一つでも倒れる大きいまたは重い物がある時点で防災対策はされていないと考えられる)
ここで言いたいのは、みんなの周りに将棋倒し等の怪我に発展しそうなパニックはあっただろうかということである。おそらく無かったと思う。
パニックとは、まるで逃げるのを面倒がった人が後付けのいいわけのために災害に当てはめたような気さえするのである。

津波は単純である。早く高い所に。大爆発も単純である。早く遠い所に。
おそらく津波が実際に見えて、さらにあまりに巨大であると実感してからようやくパニックになったように動き出すような油断した人がほとんどである。常に恐怖を感じて急げるようにしておいたほうが良いということなのだ。

最後に油断しなかった例をまとめておく。

津波警報を聞いたみんなはもう居ない。

ある人は言った。「近くの高台は調べてありました」

ある人は言った。「車はまた買えばいいでしょう」

ある人は言った。「アルバムや通帳は常にリュックサックにまとめてあります」

ある人は言った。「家族も逃げていると信頼できます」

ある人は言った。「小中学生だけでも自主避難が出来ます」

ある人は言った。「津波の高さに思い込みはありません」

ある人は言った。「とりあえず15m以上の防潮堤を作って貰えるまで頼み込みました」

ある人は言った。「遙か昔に家ごと引っ越してあります」

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電車と同じで、津波も待っていればどこかに連れて行ってくれるようだ。
待たなければ連れて行かれないだろう。