37 日常

犯罪と助け合いにフォーカスを当てたが、一般的な被災に話は戻る。

3月14日

いつもなら呼び鈴が鳴るはずの玄関ではあるが、呼び声を出す青年が玄関に立っている。朝早い時間だ。
路上生活者と見まごうばかりの汚れた長靴とナイロンの防寒着の上下はこの状況化では決して珍しくない姿であるが、それでもなお頭からつま先まで徹底されたくたびれようは異質である。しかし姿勢はいい。不謹慎かも知れないが、数十年後に戦争から帰ってきた小野田少尉を思いだした。
その青年は父親の部下だと名乗っている。
呼ばれた父親が応対すると、青年は言う。

「すいません、○○、見つかりませんでした」

当時青年は気仙沼に出張していたという。車2台で避難中、渋滞に捕まった。気仙沼はただでさえ渋滞しやすい。

「2日探したんですが・・・」

後ろには何十年も経ったように見えるママチャリが一つ。
この時点では情報がいまいち抽象的にしか入ってこないので、何が起きたのかよくわからなかったが、今判断すると気仙沼までは約120km。そして三陸特有のアップダウンを伴う。そしてその道路沿いは海抜が低くなるたびに壊滅した街を通り、道路寸断は特に珍しくない。2日探し、自転車でここに来たということは、恐らく相当の疲労を伴っただろう。

聞けば○○の車はわずか5台ほど後ろを走っていたという。何故彼は助かり、○○は海にのまれたのだろうか?

「俺の乗ってた車はレンタカーだったんです あいつの車は自分の車だったんです」
つまり、車を捨てる判断が自分の車という理由で遅れてしまったのでは無いか、と彼は言う。
自分はレンタカーだったので捨てることに戸惑わず、すぐ逃げられたのだ、と。

青年は帰っていった。

 

 

宮城県気仙沼市は日本有数の漁港である。
本震災で沿岸部は業火により焼き尽くされた。

この火災の理由はこのように考えられている。
気仙沼には石油・重油タンク群があるが、それらは内容物が満載されていなかったため軽く、水が流れ込んできたときに発生した下から上への水の浮力という想定していなかった力の方向で引き抜かれ破損し、内容物またタンクごと市街地に流れていき発火、大規模な火災につながったという。

kesennuma0
焼かれなかったら無事だったであろう船舶の前に立ち尽くす 後ろには重油タンクが – 宮城県気仙沼市

この「下から上」の力を想定していない橋なども津波により浮かせられ柱だけを残すという状態になっているものも多い。

父親はこの青年を見送った後、津波警報も完全に解除され月曜にもなるこの日、会社に様子を見に行き役員は一人しか来なかったということに腹を立てて帰ってくると、既に定年を過ぎて嘱託として勤める身としては仕事は無くなるだろう、と嘆きタバコを吸い続けた。
この時期の父親のタバコの量は以上で、灰皿に山のように積もりストックが無くなるまで吸い終えると、タバコを求めて徘徊した。
しばらくは片付けの仕事があったが、仕事は今年度末までという結果になったという。

周りには「定年後なのでまだ運がいい」と言われ、さらにタバコの量は増えた。ここにはあまり「共感」は生まれなかったようだ。

一方、母親は勤め先の病院が再起すると言うことで、復職することとなった。

kesennuma

_DSC3381
女川町から準備をするため気仙沼に寄港したマグロ漁船・第三明神丸(上)と第一明神丸(下)
第一明神丸は「焼失」、第三明神丸は復帰した。 – 宮城県気仙沼市

 

ちなみに○○氏は逃げ切って、先に家に帰っていたという。