30 犯罪

「み、水が大きいトラックに取られたって」
「ハア?」
例の床屋の息子である。
「朝方大きいトラックが来て、貯水槽から水をたくさん持って行ったって」
「北斗の拳じゃん」
※北斗の拳・・・週刊少年ジャンプに連載されていた漫画。ヒャッハア―!水だ-!、という水の略奪シーンがある。

七ヶ浜町内はその時点でボートを使わないと移動できない場所はほとんど無くなっていた。外部からの出入りは十分に可能である。
私も何度か水を汲みに行ったが、まさかそこまで水に困窮している人間が居るとは思わなかった。

まあ、別な避難所の連中が配るために持って行ったのかも知れないし・・・・・

「あのコンビニのATM、何時間も持たなかったって」
「確かに、昨日写真撮りに行ったらすでにATMなんて転がってなかったよ」

なにやら良くない話が続き、そんなこんなで、今ある水を大事にしていきますか、という話になった。

 

暫く後、貯水槽から水は消えた。

 

「なんか、変な連中が居るんですよ」
床屋の息子の同級生Sも一緒にやってきた。(余談だが、私はこの同級生の薦めたゲームを今もしており、かなり強い)
「なんだよ、変な連中って」
私は返事をしながらお出しするための水を紙コップに注ぐ。

「食べ物をやたら持ってて、避難所で売ってるんです。みんな、コンビニとかスーパーから盗んだんじゃないか、って言ってるんですけど」
「まあ、食われずに腐るよりはいいわな」
私は率直な感想を述べ、笑った。

「なんというか、まずいんですよ。変な連中が徘徊してて、消防団も注意してくれって言ってます 原付の二人組だとか。俺、原付見ました。二手に分かれて様子見しているとか」
私は水を出した。
「変だね。確かに、警察なんて機能してないから、盗まない理由なんて無いよね。でも盗むモノなんて無限に転がってるだろうに。無事なところを回る理由ってあるのかな・・・」
「どうなんでしょうね」
「アレか、分厚い瓦礫を掘るよりも、大爆発の避難指示に従って金目のものを置いたままもぬけのカラになってる家を荒らそうってハラか」

「そういえば、一緒に話していた原付2人組が、それぞれ別れて別方向に出発してったね」
妙にリアルな響きで、母親が突っ込んでくる。真実みが増してきた。
Sは言う。
「実際、俺も今、家無事ですけど、避難所に居るんですよ。避難所にはストーブがあるんで」
「なるほど・・・」

だるまストーブの偉大さを知った。

原付で貴重なガソリンを使って徘徊するという行動は確かに変である。ガソリンは最早供給されない状態にあり、文字通り、血液よりも需要があるのだ。

3人で消防団の詰め所に原付の目撃を報告すると、消防団も疲れ切っているせいか、元気は無い。
そこから一人で帰る時の話である。

妙にきょろきょろする男が乗った原付とあった。

原付の色は緑で、タイヤまで非常にきれい。
上着はウィンドブレーカー調。
20代、やや肌は浅黒く、ヘルメットをしている。

笑顔で礼をすると、視線をそらしただけである。

挨拶は、「敵かどうか」という重要な意味を持っていると実感したのはこのときが初めてでは無かったか。

おそらく、夜に彼、またはどこかに居るであろう彼のグループと私の家の敷地内で出会うことがあれば、挨拶ではない・・・・・・残念なやりとりすることになるだろう。

薄暗くなる時間に家に戻ると、ラジオは言う。

「まもなく、日没です・・・・・・」