21 三途の川

再度避難所に着くと自動車が校庭から道路までギッシリと駐まっている。
自分が駐める場所を探すよりも先に、親をおいて主な職場になっているほど近い別宅に非常用の水と食事を取りに行くことにした。

 

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煙は数キロにわたった。道路に立っている鏡に映る煙と、その上空の黒い煙が見える – 宮城県七ヶ浜町 3/12

職場も無事である。波高があと5m以上高ければ届いたかもしれないが、地味な高台にある。
家賃がこの七ヶ浜という土地にしてはやや高い。そこを突っ込まれると、「新しくて綺麗なのはもちろんだけど、津波が来ないからね」と返していたのだが、「へー」と、まるで相手にされない返事をされる。そして本震災以降は「えー」と言うこれまた相手にされない返事をされる。コンビニよりたくさん津波の看板が立つ -私の出身地である- 三陸の深刻な歴史はたいてい他人事であり、そこから学ぶ人間が居ることなど”おとぎ話”なのだ。

地震でやや立て付けの悪くなったドアを開け職場に入ると、地震で割れた食器が散乱している。しかし最大の目的の水、500ml入りペットボトル24本がしっかりと一箱にまとまっていた。水は重要なのでことさら説明するまでも無い。
MRP(直訳すると、食事の代わりに、と言う意味)という非常食もある。これは社宅に常に備蓄されているものだ。MRPとは大抵の栄養が入った究極の粉末である。これも確保する。前日避難所で聞いた「おにぎりが欲しいのか?」という言葉は、おにぎりの類、つまり炭水化物ばかりが手に入るということを予想できたからだった。
これに関しては詳しくは所感で述べる。

避難所に戻ると当然水が無いので困っている知人たちが居る。
「製油所から飛んでる有害物質の雨が降るからあんまり外に出ない方がいいって」
と言われると、
「よしわかった、水やるよ」
と水を渡す。
なにかと水が要る赤ん坊や高齢者が居る家族に何本か渡すと、あとは親と自分の分が残った。ここで仮面でも被って子供たちに配ればかっこいいんだろうが、去年あたり用意しておこうと思ったチタンの仮面はまだ発注していない。

この夜、歯を磨いているのを小学生たちに見られて”どこから持ってきたんだその水!”という訝しげな目を向けられることになる。しかし被災したとはいえ日本という幸運な地では歯磨きは大事なわけで、僅かな水で確実な結果を出すことが出来る。

 

千葉県コスモ石油のガス爆発からも有害物質の雨が振るかも知れない、と出回った情報はよくあるデマ(本来のデマとはやや意味が違うがデマとする)として話題になった。こちらも確かに製油所という点からではデマに近い。私も聞くなり怪しい情報だな、と思った。しかしこんな被災地で、雨や雪の日に濡れるのは風邪を引きに行くようなものである。有害物質に関係無く、明らかにあたらない方がいい。そして”製油所の有害物質”はデマだったかも知れないが、残念ながら”原子力発電所の有害物質”は宮城県を覆ったのである。

製油所から来るにおいは未だに強烈だった。風はしっかりと避難所を覆う方向に吹いている。
空は数キロ先まで黒い。あながち千葉県コスモのガスと違い、こちらは油である。においによる頭痛を有害とするならば・・・雨には関係無いが、有害物質が混ざっていたと言えるかも知れない。

hinanjo
避難所と火災 – 宮城県七ヶ浜 3/12撮影