大津波 11

普段通る道路を避け大きく迂回し、それでも塩水にタイヤを塗らして家に着く。
ここでも灯油のにおいがする。あれほどの地震である。ここでも灯油をこぼしてしまう者が居ても無理はないだろう。

[ 17:30頃 浸水した多賀城駐屯地より七ヶ浜に向けボートにて自衛隊が展開 ]

家を出るとき声をかけた家の息子(29)が帰宅しており、こちらに気付いたのか声をかけてきた。
お互い大丈夫だったか、と話す。
(「生きていたか」じゃないのはまだ二人ともこの津波の破壊力を把握していなかったからでは無いかと今になって思う。いまなら間違いなく「おお、生きていたか」だ)
聞けば職場からどうにかこうにか家までたどり着いたという。
多賀城は水没していてこの七ヶ浜にはまず帰れないという事を聞いた。親は泊まりだろう。

「それよりさ、なんか灯油のにおいがしないか」
「そうそう 大代(多賀城市に属する、七ヶ浜に接した場所。近くにはさらに仙台港工場地帯を有する)にはもう凄い油が漂ってるよ コンビナートが津波でやられたから」
「それ火事になったらまずくね?」
「今火事になったら絶対に爆発するよ」

この地域には”爆発する恐れがあるときは避難すること”と言う規定がある。

「というかこれ絶対火事になるね」
と私は考える。実はたびたびこのコンビナートは火事になっている。
今現在良く火事になってないな、とすら思ってるほどだ。

お互い気を付けるように、と話を終える。
私は自宅に入ると日が落ちる前に速やかに逃げられるように、寝るところから玄関までの本や物を片付け通路を作った。
「異常なし」というメールを両親から貰う。(携帯(D社)はこの頃まで十分通じた)

 

このころから安否確認ラッシュが始まる。

 

――家族の他にも安否確認のメールはかなりの量で、なおバラバラに着て受信するのに時間がかかる。当然その間、電池は消耗する。受信出来ませんでした、という表示になってしまうまでも電気と時間がかかる。そしてこの状況では電気はかなり貴重だ。
さらに携帯を起動した直後にも”メール受信中・・・”となるため、必要な操作がなかなか行えない状態が続く。もちろん返信にも相当の時間がかかる。つまり電気がかかる。

安否確認はしないのが正しいのだろうか?

安否確認で反応が無いなら助けに行ける、もしくはそれにつながる行為が出来るという状況でないならばしないのも手だ。携帯を見れる状態ならばヘルプは被災者自身が出すと考えられる。
しかし安否確認しないのは相手次第で薄情と思われてしまうかもしれない。人間は合理性で動く生物では無い。難しい所である。

一通一通を受信できませんでした、受信できませんでした、受信しました、受信できませんでした、とノロノロ表示する携帯にいらだちながらも、こっちもこっちで薄情と思われないように返信する。
”なんでこいつらこんなに大げさに生死確認してくるんだ”と疑問を持った。”まるで被災者扱いだな”と。

私は何が起きてるのか解らない。ラジオは僅かに残った車のガソリンをつかって聞くしか無いため温存。携帯のワンセグ機能もまた電気が無いため貴重と判断し、引っ張ることにした。いずれ自然と停電がもたらすヒマに耐えられなくなるときが来たりするかもしれない。

帰りに運転している間ラジオを聞いていたはずだが、恐ろしい事に記憶が全く無い。抜け落ちている。一変した景色に目だけでは無く耳も奪われたのだろうか。

 

なにせ日が落ちたら真っ暗である。寝る以外は無い。暗いのが続くと眠気も出てくる。
メールの送受信に10分かかる頃になるとさすがに疲れて来るし、いつの間にか灯油のにおいにも慣れていた。とりあえず余震と爆発に対応するよう窓の近くで寝ないように布団を配置し、さっさと寝ることする。

なんだか長い1日だった。

 

おやすみなさい。

 

 

[ 20:00頃 JX日鉱日石エネルギー仙台製油所※より火災発生 ]

 

※JX日鉱日石エネルギー仙台製油所・・東北の灯油、ガソリン需要量半分を精製する巨大な製油所。仙台以外に多賀城市や七ヶ浜町に敷地が及ぶ。