大津波 10

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私が通ってきた道だが – 宮城県七ヶ浜町 3月11日撮影

「うん?」

来るときに通った道がゴミに覆われている。一つ一つが大きく重そうなゴミだ。それらに目を凝らし、起きている事をよく考えようとしても、やはり何か現実感が無い薄ぼんやりとした状態が邪魔をする。

消防車が赤色灯を光らせながら道路を塞ぎ、その手前で消防団員がUターンを促している。その消防車の後ろに見える景色は家を浮かべる海である。そもそもこんな所に海は無く、あんな所に家は無い。

波が無いというあり得ない海は無風も手伝い、空を写す巨大な鏡になっていた。
雪が止んだ後の抜けるような青空はくさび状に飛んでいく渡り鳥も交え、あまりにも幻想的だった。

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幻想的な青空だった。小さい画像では見えづらいが渡り鳥が飛ぶ。 – 宮城県七ヶ浜町 3月11日撮影

 

あの地震から2時間以上経過している。
山を下りた私は家路についていた。そこで今の光景に出会った。
消防団に指示されたとおりUターンを終えた私は近くの駐車場に車を止め少し歩いた。

辺りは酷い生木のにおいがする。
津波に耐えられずへし折れた無数の木々が太い幹から出すそのにおいは決して古木のものでは無い。頼りになるものの代名詞であった樹木が力ずくで即死させられているのだ。
そのにおいの中、海の方向を望む。普段からこんなに遠くまで見えただろうか。

 

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海側を望む。左下にある軽自動車の窓の雪はワイパーの形に切り取られており、それは悪い想像をさせる – 宮城県七ヶ浜町 3月11日撮影

どこからか生木のにおいに混じり灯油のにおいがする。誰かが火事を起こしてしまうのだろうか。”おいおい海水でさぞかしシケってるとはいえ、火事に気をつけろよ”、と悪態をつきながら駐車場に戻る。

「新沼?新沼か!」
いきなり目の前に現れたのはこの通りのそばに住む中学校の同級生、Y。柔道部だっただけあって相変わらず体が大きい。

私が
「おお、久しぶりだな。凄い事になったな。なんだか灯油」
としゃべっている途中で、Yは話になど耳に貸さず青い顔で訴える。
「かーちゃんが電話に出ないんだよ!」

一瞬間が空く。

「何?そいつは大変だな。でも家にいるなら大丈夫だろ」
Yの家は通りを挟んで海になってしまった側では無く、家々が綺麗な形を保っている側にある。一見無事に見える。

「車が無いんだよ!たぶん買い物に行ったから大丈夫だと思うんだけど なんで買い物に行くんだよ でも買い物に行ってるなら無事だよね」
「うん?うん。まあ大丈夫だろ」

私はこの時点ではまだ田んぼ、畑、海に近い家が少々切り取られただけという楽観的視点が残っている。

「探しに行くよ!俺!」
「探してやれ 大丈夫だと思うけど、何があっても悔いの残らないようにな」
「おお、おまえもな!」
ひとしきりわめいてYは消えた。

灯油のにおいが強い。時節はまだまだ寒い冬。灯油ストーブが主流なこの地域でのあの揺れはうっかり灯油をこぼしてしまった家も多いだろう。
しかしこの辺りは住宅密集地だ。大丈夫か。

灯油のにおいがする。火事に気をつけろ。

 

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住民だろうか。一変した町の様子に呆然と立ち尽くす – 宮城県七ヶ浜町 3月11日撮影