75 釜石の夜 – 警察

お酒を飲み始めた頃に、パトカーがやってきた。もちろんすでに車は駐車場の中であり運転はしないので安心であるが、これまた野暮なタイミングではある。2人組の警察官が降りてくる。パトカーには大阪府警とある。

「どうもこんばんは、ここでなにやってるの?」
「車中泊です」
「じゃあちょっとトランク開けてみてくれる?」

職質が始まる。職質は警察官の「印象」で強力に左右されるのはご存じの通り。
賛否あれどこれこそが日本の治安を守っているという説もある。メリットは大きい。
あまりに身近なので詳しく語れないが、「職質で御用」は治安の悪い地域ではかなりありがたいのである。
幸いなことに、私は職質を受けてもどちらかというと悪い印象を持たれないほうだ。

「・・・・・・・なんも怪しいものは出ませんね」
トランクに積んであるのはカメラ用三脚と車のジャッキ、タイヤ交換に使うレンチくらいである。
印象次第では職質は膨大な時間に及ぶ。2時間以上もない話ではない。うかつに三脚に泥を付けていると、どこから持ってきた(拾ってきた)わけ?で長い話になるかも知れない。

「どこの人?」
「宮城ですが実家が大船渡で見に来たわけです 家がないのでここで寝るわけです まあ昔大阪にも住んでましたよ ほら難波中」
「ああ、そう!詳しいね!・・・大変だったでしょう。ガタイいいですね。職業は?」
「IT パソコンを使ってね、プロ」
「レスラーか やっぱり・・・」
「プロ”グラマー”ですよ」

ここでもう一人の警官がバイク用グローブを見つける。
「この凶悪なグローブ!これで・・・こう!」
警官は妙に肩を入れた動作で空間を殴る。
「いやバイク用ですから こっち大阪と違って寒いでしょ?凄く寒いと車暖房入るまで時間がかかるんですよ 昔原付乗ってましたしね・・・スズキのセピアZZ」
「にしては凶悪過ぎるな!絶対殴るでしょ?」
「いやなぐんないですよ!」
手で違う違うとジェスチャーをする。
「腕も太いね なんかやってるでしょ?」
「パソコンばっかりだと運動不足になるでしょう・・・」
「いや、そんな腕にならないよ。なんかやってるでしょ。」
「いやたまにアームレスリングとかしますけど」
さきほどグローブを発見してきた2人目は言う。
「・・・・・・?なんだかもったいない気がしますね・・・」
(絶対「格闘技」とか言わせたいんだろ!そうは行かねーぞと思いつつ)
「だから、ね、職業言ってくれれば、すぐ私らも帰れるんだよ」
「だからプログラマーですって!プログラマー!帰れますから!」

しばらく後。

「まあ気を付けてね!そんじゃまた!」
警官たちは15分ほど話を聞いて立ち去っていった。
バイバイと手を振る。向こうも被災地での空き巣が多いので注意しているものの、最初から我々に空き巣の気配をあまり感じなかったことは想像が付く。

警察

信号は8月まで停止している地域もあり、真夏の炎天下でも北海道から沖縄!全国中から派遣されてきた警察官が信号機の代わりに手旗を振る。
ごくろうさまです、と頭が下がる思いである。
しかし、自衛隊員や消防団・消防隊員に比べると警察官はあまり感謝されているのは見ない。被災地を縄張りに暗躍する空き巣をたくさん捉えていたようだ。そして不明者捜索なども行っていたが・・・・何故だろう?
普段の「点数稼ぎ」と呼ばれる交通違反取り締まりなんかで怨念があるのだろうか・・・・
ボランティアが職質で何時間拘束されただの、そんな恨み話も聞く。
(実際ボランティアに扮した空き巣の噂は良く聞いた)

9月・10月になる頃、多賀城では手旗を見なくなった。信号機が自動化するまで多賀城ほどの大きめの都市でも6ヶ月以上かかったということになる。