2時間後に にじかんごに・・・・
断水 だんすい
します します・・・・・
水を みずを・・
お風呂などに おふろなどに・・・・
溜めてください ためてください・・・・・
家に着くと初めて聞く町内放送が始まっていた。 断水は記憶にない。
あの地震でまだ水が出るのか?と疑問を感じつつ洗面所にある蛇口のレバーを上げるとやはり何も出てこない。ライフラインの電気と水道が停止した。 もう止まっているであろうガスの元栓は地震の際に閉めている。
まずやることはやった。
今どんな状態なのか確認しようと期待せずに携帯電話を取り出すと予想外にも電波は生きており、Twitterも生きている。
普段よりやや時間がかかっただろうか。
Twitterには
「釜石で4m 逃げて」
という一文がある。
これ以外を見た記憶はない。
”まいったな ついに来たか”
「津波」は三陸沿岸に生まれた者にとって現実的な響きがある。
私はとりあえずヒゲを剃ることにした。
水道が止まっているので電気カミソリを使う。父親に送ったパナソニックのなかなか良いものだ。
鏡をのぞき込みながらヒゲを剃る間考えたことは以下の通り。
■津波は3倍以上の高さを想定すること。
大津波なんて実際に見たことはない。3倍にとらえておけば損はないはずだ。
■今持っている荷物だけで逃げること。
■いかなる忘れ物があっても津波がおさまるまで一切戻らないこと。
津波に巻き込まれないためには行きは急ぎ、帰りは時間が経ってからという基本を守る必要がある。
この鉄火場でひげを剃るのには忘れ物を取りに来るような余裕をわざと無くす効果もあった。私にとって「余裕」は多すぎると「油断」につながりがちだった。
■町内で最も高い場所に避難すること。
この町内で最も高いところは、「日本三景 松島」への眺めがいい多聞山だっただろうか?山と名前がついており標高は50m前後であったはずだった。
(後に調べたところ、この山よりも町役場がある場所が最も高いということです 素晴らしいことだと思います)
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上が松島湾。左方面に多賀城市と仙台市がある。陸地最上部の突端が多聞山。
この家は海抜20数メートルであり、また海に対して突き出ている。地形上そこまで津波は高くならない。釜石で推測4m程度なら90%安全であるのは間違いなかった。
しかしジョーカーを引いたら死ぬトランプの束を想像して欲しい。引かないで済むなら引かないはずだ。
避難途中やや低いところを通って逃げることになり危険だが、町内放送が生きていること、そして町内放送ではまだ津波のアナウンスをしていないことを考えると逃げるのは十分間に合うはずと考えた。
生存率90%から99.9%の場所に移動することにする。
■避難に自動車を使うが、渋滞に遭ったら乗り捨てること。
自動車を捨てるのは勇気が要りそうだが、これはしょうがない。
■避難する人をはねないよう、注意して運転すること。
逃げる間人をはねて死なせてしまったらあまり良くない。それだけは避けるために急ぎすぎないことにする。
私は何か大きいことがある前はひげを剃ることにしていた。
大学時代に所属していた応援団は合宿の際、ひげを剃るのは禁止されていた。
合宿を終えてからひげを剃るのである。それは儀式であり、意味は未だによく分からない。しかしそれ以来ひげ剃りは何となく特別な行為なのである。
応援団活動中の私
約1分足らずだが、経験上ひげを剃ると落ち着く。
そしてひげを剃っておけば 津波で粉みじんになるかもしれないが・・・ 死に顔は無礼ではない。
玄関の鍵をかけるとき、この標高ならまず大丈夫だと思ったが、見ることが出来るのは最後かもしれない。
よし、行くか。
私は丁寧に鍵をかけ、車に乗った。