スクワットチャレンジ

これは言語pythonのあるクラスタのアドベントカレンダーです。
友人にスクワットチャレンジについてどこかにまとめておいて欲しいとのことで、こちらにまとめておきます。
※口調は過去連載していたスポーツ専門誌の世界観に合わせてあります。

友人のwozozo氏(以下w氏。20代後半そこそこ)はクラスタが集うチャット部屋で突如、スクワットチャレンジというワードについて切り出してきた。
聞けば、座っていただけ?で膝の周囲が筋肉痛になり危機感を抱いたという。
状況から見るに筋肉痛というのは何かの間違いで、膝の関節痛ではないかと思うところだが、どうも本当に筋肉痛のようだ。
w氏は高身長だが膝関節を痛めるような体重と言うより、明らかに体重が少ない見た目をしている。俗に言う「痩せ過ぎ」「猫背」体型にあたる。

スクワットチャレンジは50回から250回まで12月1日からクリスマスの25日まで回数を段階的に増やして行うものであり、元ネタは女性のヒップの形を整えるエクササイズプログラムなのだそうだ。

w氏は徒歩で筋肉痛になるほどなので察しは付くと思うが、およそ全ての運動から程遠く、肉体年齢は70歳を越えているかのようである。

運動に全く興味がなく、嫌悪する対象だが、致し方なくやるという感じがあふれたお約束の雰囲気で質問が飛んでくる。
たとえば
「スクワットだけやってればいいの」
だ。

確かにスクワットだけやってればいいという言い方も出来る。
しかし、いかにも初心者プログラマがあなたの前に現れて、簡単な説明中に
「if文だけ書いてればいいの」
と聞いてきたシーンを想像して欲しい。
Booleanというワードを出した途端に、ifだけでいいって言ったじゃんと逆ギレされる未来が浮かぶ。

そんなこんなで、まず25日までのスクワットチャレンジをキッチリやってみなよ、という話でその場は終わった。

あまりに歩く機会が少ないデスクワーカーは特に脚の筋肉が急激に落ちる。あっという間に歩行が困難になるのだ。私も怪我などの障害が発生し脚の運動をサボって半年も経つと、歩行の時に膝が変に落ちるようになる。脚を固定しようとする力が無くなってしまっているのだ。

 もちろん、スクワットなんてしなくても健康な脚を保つ方法はいくらでもある。しかし習慣に組み込む機会すらない場合、総じて時間がかかるか、あるいは好きでなければ飽きる。ヘビーなデスクワーカーにとってスクワットは極めて短時間で効果を上げることが出来る理想的な運動の一つではある。

・チャレンジとは
 チャレンジで勘違いしがちなことは、「やれば出来る」ということが大事だと思うことだが、たいていの場合そうではない。私たちが肝に銘じておくべきは、「続けないと出来なくなる」ということなのだ。このことを意識して最後まで読んで下されば幸いである。

・いつまで続ければいいのか?
脚は何か起きない限り彼にとって付きっぱなしのガジェットである。心肺、脳、そして脚だ。いつまでという質問が聞くだけ空しい事がわかるはずである。脚の筋肉は常にサボりに敏感で、火にくべた発泡スチロールのように小さくなる準備をしている。油断してはならない。

・どのくらい(何回)までやればいいのか
250回のスクワットチャレンジだが、1日250回きれいにやれば確かに維持には十分に思える。
しかし、人間は飽きる。変化もなく自重だけで250回もやればなおさらだ。健康は今の苦痛を耐えきるインセンティブになりづらいとされており、締め切り(健康にとってはたいてい終着駅だが)が近くなって初めて人は本気になる。また、健康と同様に、”維持”もあまりインセンティブにならない。
特にこの自重トレーニングというものは、やる前はスタイリッシュに見えるので挑戦したくなるのだが、いざやってみるとどうにも続きづらい。しんどいわりになかなか終わらないからだろうか。
(自重だけでこんな体に、という有名な動画があるが、有名な動画になるくらい難しいことだといえるかもしれない)

・どのくらいまで筋肉を付ければいいのか
脚の筋肉はあればある程いい。ありすぎると言うことは決して無いのだ。脚の筋肉だけで30kgあってズボンをはくのが不便だとしても、筋量不足で生まれたてのシカのような歩行であるよりよいはずである。
あるチャンピオンは腕のトレーニングの際、腕が服をそして部屋を突き破り、エベレストを越えることをイメージしていたという。脚は腕より大きく出来るはずだ。果ては火星か水星か。

・じゃあどうすればいいのか
こればかりはやるしかない。
そもそものモチベーションは、「思い通りに脚が動かない」という望まない状態にあーだこーだ理由を付けて安住したくなかった、といえる。サボろうと思えばいくらでもサボれたはずだ。しかしそれは嫌だったということだ。

どうせやるのだ。あーだこーだ言って脚のワークアウトの苦痛をごまかす立場に安住しようとしたら結果は付いてこないはずだ。
それなら、スクワット自体を好きな人だったらどうするのか、という考えをもち、積極的に行おう。好きで好きで仕方ない人が250回なんて回数を区切るだろうか?ない。せいぜい、これ以上やったら怪我や体力の面で危険だ、という理由で止めるくらいのはずだ。

スクワットならこんな道もあるはずである。これは精神の勝利の一例だ。

・スクワットが250回出来るようになる
・レッグプレスが自重の倍くらい上がるようになる
・バーベルを担げるようになる
・バーベルスクワットで体重のN倍に挑戦 上がらず
・食事面で痩せすぎを改善しようとする
・バーベルスクワットで体重のN倍に挑戦 上がらず
・怪我をし、ケアを学ぶ
・バーベルスクワットで体重のN倍に挑戦 上がらず・・・

以下になるのは望ましくない。肉体の要求に完敗した状態である。

・スクワットが250回出来るようになり、やめる
・膝が弱る
・臀部の筋肉が動かなくなり弱る
・やたら脚を組みたくなり、肘をどこかに置いた姿勢を取りたくなる
・猫背が強化される
・もも裏が硬くなる
・肩が前方に突き出る
・どこかが壊れる
・@wozozo はー

(余談だが、肩が前に突き出ているのはスクワットにとっても良くない場合が多いので、肩は日常から引くことを意識しよう)


※ちなみに、朝や夕の運動などが本当に生活に習慣づけられていれば、こんな大げさなスクワットは必要なく、”カジュアル”に”維持”出来る。俗に言う裕福な知的層はどちらかというとこちらを選ぶ傾向が強いようだ。(それでも多少きついが・・・)

・怪我がこわい
 if文よろしく、発生するバグが恐くてコードが書けないのですがという質問をされたことを想像してみよう。おお・・・
実はウエートを含むトレーニングは極めて安全なスポーツの部類に入り、正直、普通に指導を受ければ大した怪我は滅多にない。そもそも筋肉を増やすのにもっとも効率のいい英知の結晶だからだ。多少治癒に長くかかる怪我をしても、運動への積極性が維持出来ていればよいのだ。怪我に復讐する執念が欲しいものである。人間は筋肉や骨が主導するのではなく、たいていの場合手に入れた経験や神経が主導する。

正直なところ、私は場合によるが肉離れ程度の怪我ならリリース後のバグの方が恐い。

・最後に

物事全てに言えることではあるが、成長や改善は、積極的かどうかで、初心者か上級者かは一切関係ないのである。脚は甘えを許さない。これを足がかりに望まない位置に安住しないよう積極的な姿勢が取れることが望ましい。

この一瞬でやせ細る厄介な代物、デスクワーカーの太ももという怪物は当人の積極性に敏感に反応する。少しでも日和ったり、維持できればいいとか言い出すと骨も残さず無くなっていく。

さて、バーベルスクワットはともかく、自重スクワットはシンプルに体力の指標の一つと言える。

果たしてw氏は
・一ヶ月後
・一年後
・三年後
に連続スクワットを何回維持出来ているのか?
それとも全く新しい機能性に溢れた下半身をスクワットと言わず表現してくれるのか。

それはわからない。しかし今年の24、25日に彼に予定を聞いてみれば、きっとこんな返事が返ってくるはずだ。

@wozozo – 12月24日
今日の予定?スクワットだよ。メリー・クリスマス。

ヘルシープログラマ書評

7/23にオライリー・ジャパン様から

ヘルシープログラマ - プログラミングを楽しく続けるための健康Hack 著 Joe Kutner

が出版され、
ご縁からオライリー・ジャパン様より献本戴きましたので、書評を書かせて戴きます。

自己紹介

私は長い間、自分の記録を伸ばすためのトレーニングをしてきて、開発と体の調子の折り合いの付け方を常に考えてきました。この仕事を始めてから、考えてこなかった日は1日たりとも無いでしょう。
おかげさまで、握力の記録に関しては一定の評価を戴けるようになりましたが、毎年開発由来のガタや弱体化が強くなってきているように思えます。
私はダイエットなどは特に気にしなくてよいコンディションですが、取れづらくなった開発由来の慢性痛などは一件問題無く見えるウエスト、実行出来ているハードトレーニングに必ずしも関係ありません。
「はーペイン」が口癖になってきました。

前書

タイトルの通り、本書はITエンジニアが悩む健康問題について述べています。
私が思うに、お薦めの対象読者はアラサー以上の健康が気になり始めているエンジニアです。

まず、著者は内科医で、かつエンジニアです。読んでいる最中、ヘルシーという問題に本当に何年も悩んで来たのだろうという思いが伝わってきます。こういったタイトルのまともな本はいつか出るだろうと思っていましたが、ここまでの完成度に――後述しますが、優しい文体ながらこんなにも要求は高く――仕上げてくるとは思いませんでした。

本書はなるべく習慣に取り入れやすく気を使っていますが、(素晴らしいことに)最終的には甘い話はありません
それゆえ、まず注意しておきたいのは、
この本は読み物ではなく、Hello World!から始まる技術書です。
よく出来た本だと思いますので、基本的には
・言語を学ぶつもりで読むこと。
(もちろん、実際に使う前提である必要もありません)
・俺は○○だからなー、とかウチは○○だからなー、とかいいわけを準備しない。
(C++の本を読む前に、ウチはグローバル変数しか使わないから・・・といってるのと同じだと思って下さい)

これらに気をつければ、実践出来なくても、よく分からない慢性的な不調などの原因を探すのに大きな手がかりになるでしょう。

内容紹介

それでは、詳しくなりすぎない程度に、本の内容をご紹介します。もくじではありません。

  • 20分に一回、 姿勢を変える・・・
  • 1時間に一回、5分運動する・・・
  • 2時間に30分、椅子から離れられる仕事を行う・・・
  • ダイエット・・・
  • ウォーキングが重要。1日に20分以上早歩きをする。腰痛・手首痛対策の運動を行う。ハード・トレーニングで追い込む。
    (たとえばウォーキングは東京でしたら、階段上り下りするだけでかなり歩くので問題無いでしょう。営業兼エンジニアなら、さらに必要無くなるはずです)
  • 免疫力を向上させる習慣を付ける・・・
  • ポモドーロテクニック※等を使った実践的な取り入れ方
     (※ポモドーロテクニックでググること)
  • チームの理解。チームでの運動(ドッジボールなど)を含む・・・
  • イングレスで歩け!

等々。

本書では、「いいイス」にあまり触れられていません。
「20分に一回姿勢を変える」では、いい環境はいい机が必要であり、それは最低3つの姿勢を使い分けられる机、何種類か用意出来るイスを用意することが重要だと述べています。
理想の着座姿勢でも、スタンディングの姿勢でも、20分以上の静止は循環器系に良くないということです。
(体の声を意識するような人々でしたら、ストレスで”胸が痛い””胃が痛い”という以外にも、動かずに20分居ると、なんとなく”胸が重い”ような感覚が得られると思います そうでなくとも、単純な不快感が得られるかなと)
完璧な一つの姿勢は存在しないというのは本書に一貫したテーマであると強く述べられています。

最低3つの姿勢を使い分けられる机は現実的ではないので、つい、「いいイス」の話になってしまうのですが、本書はいい姿勢は腰痛などの可能性を軽減し、姿勢の変更は循環器系へのダメージを減らすと言うことで、切り分けています。いいですね!
私も実は可変デスクをつかって10年近く過ごしていますが、他人に説明するとき、この利点のエビデンスを持っておらず、力強く説明出来ませでした。かつ、「珍妙な説を聞きたくないんだよ俺はシャレオツなイスの話したいんだよ空気読めよ」みたいな雰囲気を感じ取ってしまって、イスの話に終始していました。

本書では私の保有している可変デスクより激しく稼働する、スタンディングまで変形するイスがよいと紹介されています。(おお・・・追銭N00,000円)
(もちろん、いいか悪いかわかりませんが、しょっちゅう打ち合わせにかり出されるエンジニアなら必要は姿勢は十分変わるので、必要ないでしょう)

本書ではDIYによるデスクの用意を紹介しています。これはシャレオツではないですが、血管を守るのに一役買うでしょう。

シャレオツな可変デスクの導入はペインを伴いますが、社員思いの会社なら是非。

そのほかにも、25分毎の(ポモドーロ毎の)シットアップやウォーキング、有酸素、筋力アップ(厳しいインターバルトレーニング気味の)のハードトレーニングによる限界までの追い込みなどが紹介されており、「楽な方法はない」「原因は一つではない」を地で行く内容になっています。
25分毎にシットアップを始める社員を賞賛する文化を構築するには、会社の器の大きさが試されるかも知れません。

「免疫強化」の項目も、無駄がなくて良いと思います。

「腰痛対策」の項における「コアの強化」という表現についてちょっとだけ指摘もしておきます。
作者が別なページで「腹筋が仕上がっていても腰痛に悩まされる人もいるが」と指摘しているとおり、バーベルで3桁越えの重量で複雑な種目が出来る程コアが十分に強化された人間にも腰痛は襲ってきます。
内容自体はいい姿勢や姿勢を変える、腰痛対策の体操で、方法としては間違っていませんが、コアの強化ではなく、腰が柔らかく力強く動く、というのを筋肉と、それ以上に脳に覚え込ませる作業として有効とされています。日本の整形外科でも最近はこのアプローチを増やしています。
とはいえ、前述したとおり方法は全く間違っていないと思いますので、軽く読み替える位に
しましょう。
(腰痛は何種類も存在するので、診断済みの慢性痛じゃない場合は医師に相談して下さい)

たとえばとれそうなバグを目の前に、これらを実行するのがどれだけ難しいかは想像が付きます。トイレ以外の全てを作業につぎ込みたくなるものです。
それは十分理解の上ですが、あらゆるテクニックを駆使して、出来るだけ自然に導入出来るような方法についても述べられています。

感想と、最も重要な「メンタル」に関して

可能な限り優しいスタートとなってはいますが、どんな本でもある程度リアルに充実した内容を感じる気配があるので、精神的に参った人が多い職種としては、ため息が出てしまう人が居るかも知れません。そして、そういう人にこそ最も重要である事はわかっているつもりです。

あるいは精神的に参っておらず、ジムでハードに追い込める人でも、25分毎にシットアップをしろと言われたらむずかしいと思います。

こういったモチベーションに関する精神的な部分の構築にはあまり触れられていませんが、習慣で作れる精神状態がある、という表現をしています。これは間違いありませんが、そういった言葉にも抵抗を憶える状態におかれている人が多いのも事実です。

たとえば、私は一般的な外食によるおいしそうな食事を見ると、単純に麻薬の注射器に見えます。一般的な外食による疲労感は非常に大きく、何もいいことをもたらさないように見えてしまうからです。
ハードに体作りに打ち込むと、勝手にそういった精神状態になるそうです。

(便利なことに、私はハメを外してもいい周期やつきあいではスイッチが切り替わり、おいしく食べられます)
これは努力という表現をする人も居ますが、私は単に脳にそういった現象が起きた幸運な人間に過ぎないと思っています。

そんな私ですが、25分毎(ポモドーロ)に運動と言われたらギョッとします。
「どうした?習慣で作れ!」というヤジが聞こえます。
私も単純に趣味、それに附帯する好みを越えることがまだ出来てないわけです。
一見、出来ていそうな人との「差」を特別なものに感じずに、気楽に構えて下さい。

脳に起きている出来事はメンタルも含め近年、ようやくMRI等で目に見えるようになってきました。本人には大きい問題でも目でわかる骨折などの怪我、先天性・後天性の障害と異なり、軽視されています。
実際はメンタルをトレーニングしたり脳の問題を修復する方が難しく、それに較べれば(場所によりますが)骨折なんかたいした問題では無いのに、「やる気が無いやつはダメ」といったような表現がまだ優勢です。

やる気がおきない、やる気がない、というのはヒト科のもつ最も複雑な機構の脳が生み出す現象であり、不調もあれば、先天的・後天的な問題もあるわけです。
本来、こういった本、あるいはトレーナーがリハビリするべきだと思っています。

ですので、メンタル面に自信がないが健康に不安があるというプログラマは何かおかしくなったときに原因を知る辞書として本書を読んでもいいと思います。

興味があれば、楽しんで下さい。

新年度です。

皆様、お世話になっております。
最近、スタッフ皆忙しく、当ブログも更新出来ない日々が続いております。
仕事には身を入れているつもりではありますが、、トレーニングも少々雑になろうというものです。

そんな雑なトレーニングが蓄積して参りました。

つきましては、蓄積致しました雑なトレーニングで発生したオブジェクトを先着の皆様にお配りしたいと思います。

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ご希望の方は、当社のサポートメールアドレスまでご連絡下さいませ。

 

※本日は4/1です。

果てなき渇望 - アドベントカレンダー

※どちらかと言いますと所属する開発者グループ向けのブログとなります

本日のネタは
果てなき渇望 (草思社文庫) http://www.amazon.co.jp/dp/4794219032

という本のアドベントカレンダーだ。

この本はボディービルという競技に夢中になった人々を取り上げたドキュメンタリーだ。
こんな日に「今日の予定?スクワットだよ。メリー・クリスマス」というような連中の話である。

日本ではボディービルの扱いは中国、イタリアなどと並んで悪いのだそうだ。ボディービルは巨大すぎる筋肉とミミズ腫れのような血管が異様だし、ステレオタイプのマッチョに期待するのと反して身長が低い方が有利と言うのもあるのか、日本では一般受けしないのかもしれない。

(だが彼らの名誉のために言っておくと、日本でも「ボディビルの競技に必要な仕上がり」から離れられる、競技の時期ではないビルダーやボディビルトレーニングを好むだけの広義のボディビルダーの場合は、血管を出す必要もないからか一般層にもウケが良かったりもする)

何というか、競技としてのボディービルはあまりウケが良くない・・・奇妙で、滑稽な扱いを少なからず受けてしまっている。

そんな競技に夢中になってしまった・・・徹底した人々を描いている。

ところが、夢中とは生やさしいものではない。特にこの本で異常な、あまりに生々しいパートはドーピングを厭わずにボディビルで世界クラスを求めてしまった男たちの物語である。
世界クラスは、別次元だ。なんというか、ある日本のトレーニング誌出版のスタッフの若い女性曰く、「日本人はやっぱり・・・小さすぎて・・」だ。
 筋肉増強剤を投与し肉体がそれに対抗しようとし女性ホルモンを分泌する結果、乳房がふくらみ、母乳が出ることもある・・・・そういった副作用を丁寧に潰しながらボディービルで勝つために徹底したドーピング計画を組む男
 或いは、殺人を犯してしまった男
彼らに詳細にインタビューし、その過程を「彼は今、まずいところまで入り込んでしまっている」と感じとれるような臨場感をもって表現している。当然本書はこの点で有名で、ご多分に漏れず本エントリーでもその例に触れたい。

断っておくが、ボディービルだけがそういった競技というわけでもない。身近なところでは野球、相撲・・・最近では有名なところでは自転車競技のランス・アームストロングが記憶に新しいし、毎度オリンピックでは毎回とても多い人数が「ばれる前に出場を辞めて欲しい」とアナウンス通りに出場を辞退している。今年、ジャマイカ勢を代表するアサファ・パウエルが陽性となった。海外のあるボディービルダーのインタビューでは、ドーピングに年間1000万円以上かける男もいるらしい。
ドーピングが敬遠される理由は健康への害の他にも、経済的要素も関与するため、フェアプレーの理念に反するとされている。

ドーピングは日常生活でまず触れない異様な話である。それ故に、興味を持たれることも多い。もしある程度以上トレーニングをしているのなら実際に使用者と話題に触れたことがあるはずだ。たとえば私はあるビルダーに突然腕を握られて、「へえ ほんとに”打って”ないんですね」と言われたことがある。おいおいなんだそれ!そんなんでわかっちゃうわけ?

さて、ある人がある競技で絶対に勝ちたいと思ったとき、そしてその競技の人口が多く煮詰まっているときに、競技というのは徹底できたかどうか・・・たとえボクシングであっても・・・結局最後は自分との戦いなのだが、その際たいていの場合で衝突するのは「遺伝的な限界」である。つまり才能と表現されるが、劣っているなら克服しなきゃ行けないし、同じ程度ならぬきんでる必要がある。主にドーピングで解決するのは少年誌のイメージのスマートな才能というよりも、もっと単純でシンプルなものだ。パワー、スタミナ、スピード、体重・・・痛み止め・・・・集中力・・・・

(日本は極めて精神的なものを重視する国であり、努力である程度何とかなるのではないか、と思われている範囲が非常に大きいと感じる。海外だと容赦なく「遺伝的素質”genetic-factor” に恵まれ」というところを、日本だと「才能に恵まれ」と言う言葉遣いが多いと感じる・・・なんだ?どう訳す?タレント?なんというか、後者だとうやむやな感じがしてごまかせる響きがある。才能を感じない人物に「私は遺伝的素質で恵まれていますか」とはっきり質問が来れば、かなりの哲学の持ち主じゃない限り意義を感じさせるような会話につなげられないのではないだろうか)

絶対に勝ちたい、諦めるつもりはないと思ってしまったのなら、少しでも勝てる確率を上げるのなら・・・今、またはいずれ衝突する遺伝的な壁を突破するしかないのだ。つまりドーピングである。こういうことだ。
「ドーピングをしないというのは本当に本気でどうにかしたいと思っていないだけだ」
「あらゆる手段を尽くすことを放棄している」
本当に、本当に、本当にどうにかしたい。つまり渇望である。
砂漠で渇ききった人間が優先順位という概念を放棄し、0か1かで水を求めるように勝ちたいのである。

「真剣にやることは素晴らしい」というフレーズは大概ジョークが通じる・・・つまり、余裕がある領域での話である。このドーピングの章は、ほんのちょっとジョークが通じなくなってしまうほどに”世界クラス”に渇望をしてしまったのかもしれない。ドーピングは単に徹底した姿勢の一つの結果である。しかし、アメリカ州知事のアーノルド氏の「ステロイドを使ったことを恥だと思ったことは一度もない」と言うような台詞が通用しない国だ。彼らはちょっとやりすぎてしまった。
殺人も徹底した結果に附帯するものだったのかどうかは不明だが・・・

私はこんなにも何かを求めることはあるのだろうか・・・・求めなくて良いなら、そもそもそれで良いのではないか・・・「戯れ」で良いのではないか・・・真剣とか徹底って意味、わかってる?ってことか・・・

こんなげーむにまじになっちゃってどうするの、という教えを思い出してしまうのである。

スクワット?僕はさっき終わったよ。メリー・クリスマス。

BCAAの値段の違いとは何なのか

やばい。もう何がヤバいって、この話題がなんかヤバい。そしてこの違いを体験から訴えているページを発見する事が出来た事があるだろうか?私は解らない。

しかし、この質問は多い。なんだかよく分からないが、BCAA、確かに価格のばらつきは大きい。
これはもう、体験から語っておく事にするしかないと判断したのだ。
母集団は1だし、根拠も怪しい。ただのくだらない体験である。しかし我々にとっては体験こそ全てなのだ。もちろん、体調だの変な要素が絡まないように反証は試みる。私はかなり自信を持ってこの意見を述べるつもりだ。参考にして欲しい。

BCAAの基礎知識はここでは論じないとして、我々は不安感を一掃するために何時間もトレーニングをする。そんな過酷なトレーニングの時はBCAAを石炭のようにぶち込むものだ。

さて、そんなあるとき、BCAAがどっかの安物になった。

BCAAには価格帯に妙な違いがある。しかしはっきり言って、入っている成分はどれも似たようなモノ、つまり、「バリン・ロイシン・イソロイシン」つまり、ブランチドチェーンアミノアシッドなのである。違いなんかないだろ?確かに水への溶けやすさなどへの違いはあれど、粉を口の中に入れて水で押し込むスタイルを取っている私にとって、溶けちまえばみんな同じだ。あるときそんな思いから、俗に言う安物を注文したのである。

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もちろん、安物だからと言って安すぎるわけではない。別に怪しいモノが入っていたわけではない。5桁円のBCAAも4桁円のBCAAもブランチドチェーンアミノアシッドだった。

ところが、何となく、何となくだが、石炭のようにぶち込む気にならないのだ。不味い?いや、不思議と味はむしろ安物の方がおいしいワケだ。
そういえば、代表的なメーカーで何種か試したが、若干価格に比例気味で飲める頻度が違ったような気がするのである。高いものはたくさん飲む気になるし、安いモノはなんだか追加で放り込む気にならない。

あるとき、それは確信に変わったのだ。

脚部の(自分にとっては)ハードなトレーニングをしていたとき、当然のことながら、吐き気を催す。そのとき、なんとBCAAがほぼそのままの形状で上から戻ってきたのである。これだ!

なんでか知らんが、吸収が遅いのである。BCAAなんてたいてい御大層な説明の通り、吸収良さそうなもんだ。しかし事はそう単純じゃなかったのだ。Oh!
しかも不思議と、石炭スタイルを控えサボらずに頑張って溶かしてもやはりたくさん放り込む気にならないのだ。

体の声を聞けって事をつくづく思い知ったわけだけど、手に入りやすいメーカーではゴールドジムのBCAAとかで良いんじゃないかな。断っておくけど、ここ関係でトレ記事を書いてたからとか、そう言うのじゃなくて、ほんとにね。

体の声。つまりそういうことだよ。

8万円の4kテレビSeiki SE39UY04でプログラミングを楽しめるか

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今回はガジェットのレビュー。その異様な安さで話題をかっさらっていった4kテレビ、Seiki SE39UY04のお話。(ちなみに、ディスプレイという表現を使ってやりたいが耐えている)
はたしてSeiki4kは我々ディスプレイ難民の解決策になるか。

準備

当然ながら、アメリカのamazon.comで本テレビの注文を行う。送料込みで80,000円弱だった。http://www.amazon.com/gp/product/B00DOPGO2G/

今回はWindows7で使うのでWin7マシン。
グラフィックボードはATI Radeon7750のHDMI1.4端子があるもの、SAPPHIRE Radeon ビデオカード ULTIMATE HD7750 1G GDDR5 PCI-E を使う。約12,000円。
ファンレス(wow!)ながら、(エアフロー次第だが)真夏にYoutubeで4kを眺める程度では全く問題は無かった。

HDMI1.4ケーブルはテレビにブルーでかっこいいものが付いてくるため、他に必要なものはない。部屋のレイアウトなどの問題でデスクトップと本テレビを遠くに離したい人は長めのものを買うと良いだろう。私も安いものを購入したが問題は無かった。

合計92,000円ポッキリ、これは驚異的なコストパフォーマンスだ。大概、「PCの画面を写す場合はビデオカードは指定したものを 10万円です」など、よく分からない障害があった。これら異様なハードルは、豪雨の後で剥き出しになった見え見えの地雷を彷彿とさせる。人柱報告を旨とする戦士もその地雷原にためらわざるを得なかったはずである。

この金額を出して、グラボをインストールして、ケーブルをさして、フィニッシュである。これで至極あっさりと動くのだ。こんなうまい話が世の中に!

 

使用感

まあ、準備が簡単なのは良い。安いのもいいだろう。重要なのは実用的かどうかだ。さすがにプログラミングしか本当に出来ないのならイヤだろう。厳しくみていこう。

まず、39インチ4kはDPI変更無し(100%)で27インチ2560×1440とほぼ同じドットのサイズで作業が可能だ。これは今お使いの方はよく分かると思うが、非常に使いやすいサイズだ。

リフレッシュレートは30Hzになってしまうが、別に気になったことはない。少なくともこのディスプレイでセガやらカプコンのゲームを行うわけではないのだ。我々は画面食いのVisualStudio様を動かせれば良いのである。

周辺減光がある。LEDディスプレイによく見られる、画面はじっこがやや暗い、と言うものである。今のディスプレイは購入後、たいてい明るさを落とす方向で調整されると思うが、はじっこは大分暗いのだ。しかし気になる程かというとそれ程でもない。私は明るさを20くらいにしている。

発色はどうか?解らない。色弱気味なので、色に関してはご容赦いただきたい。ただ、まあ撮ってきた写真を現像して極端に変になると言うことは、個人的に無いような気がする。

デカいからか、VisualStudioのソリューションエクスプローラで若干ラグることがあるが、気のせいかも知れない。Youtubeの4k動画で不満がないからだ。仕事柄、VisualStudio2008,2010,2012全てが稼働していることがあるが、単にそれが重いだけかも知れない。

39インチはおそらく、一般的な机に載る最大のサイズギリギリを押さえている。邪魔になりすぎることはないだろう。

グレアだが気にする必要は今更無いだろう。まぶしいものを反射する位置に置かなければ良い。

消費電力対策については、やや面倒だ。自動オフが働いた後、マウスやキーボードを操作しても、電源は入ってくれない。なぜならディスプレイの電源が切れると、ハードウェア的に切断されたと言うことになるからだ。これはテレビなのだ。しかし問題は感じない。たとえつけっぱなしでどこかに行っても別なディスプレイを複数台使うより電気的コストはともかく金銭的コストは遙かに安いし、リモコンで再度電源をONにするのも、こいつのリモコンは地面から浮いている底面部分が多く、なかなか握りが良く扱いやすいせいか苦痛でないのである。

日本のテレビはそのままでは映らない。これは何かを経由すれば良いのだし、比較的どうでもいいポイントだ。

質感は安っぽくは感じない。特にインテリアが映える部屋にあっても、美観を損なうことはないだろう。

総評

ディスプレイ2台使いだったが、2台のアドバンテージもあるだろうと思っていた。今思えば、アドバンテージは別に何も思い出せない気がする。VisualStudioは快適になった。あのExcelの資料もなんだかいままでよりよく見えるほどだ。

ガッチリと撮られた高解像度の風景写真の壁紙は実際の窓のように素晴らしく、たまにWinキー+Dを押したくなる程だ。

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おそらく、現時点で最高に近い選択肢だろう。不安要素はあまり無い。この機会に4kを試していただきたい。

FINAL VENT

※今回はPythonという言語を楽しむコミュニティ向けで、その中でかつボルダリングを楽しむクラスタへのアドベント・カレンダーとなっています。

■経緯

私はボルダリングを触ったことしかなく、さらに、Pythonはほとんど触っていない。
しかし筋肉における評価的な何かを受けてしまい、サプライズで#kabepyのアドベンドカレンダーに参加する事になってしまった。

■人物像

#pyfesでよくしゃべらされる。このブログの会社を経営。
#kabepy・・・運動に関しては握力で有名で、たまにテレビやら、本やら、カタログやら、或いはジムにおいてあるサインやらで見たことがあるかも知れない。

■壁経験

2000年も1年2年過ぎた頃だろうか?通っている大学の体育館のトレーニング設備の壁に唐突に巨大な設備が取り付けられた。ボルダリング壁である。当時としてはまずまず珍しかったはずだ。

「何これ 登るの」
クライミングで当時既に一定の成績を収めた友人に尋ねると、
「そんなことより、こないだ沢登ってたらスゲーデカイ岩落ちてきてさ 死にそうになったんだよ」
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と、期待と違う返事が返ってきた。
※ちなみに、2012の・・・つい一週間前に同じ話をされた

当時は「外岩」というよりか、むしろ外がメインだった。
「もっと外に出ろ」
そんな言葉も良く聞こえてくる時代だった・・・(今は知らないけど・・・)

登ってみるとなかなか楽しいもので、私はその友人に聞いたのだ。
「こいつはどうすればうまく登れるんだい?」
「練習と・・・・あとは深爪スレスレを続けて、爪の形を有利にする。道具は靴は足が痛いくらい小さいものを用意する」
「深爪! なるほど ゆるくないもんだな・・・」
友人は比較的大きく174cmもあり、身長差+4cmしかない私は、幸い努力とはこのようなものだと捉えたのである。
結局、その時私は何度か簡単にてっぺんまで登った程度だった・・・・

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■ 1 運動ではなく第一に趣味として捉えたい

Pythonの集いでは、その体格故に・・・・筋肉に関して先輩みたいな扱いを受けるため、それなりに・・・長い経験者じゃないことしかわからない、しかし役に立ちそうな事を・・・言っておこうとおもう。
(多分みんなこういうことも言いたいだろうという代弁は最後にしておくつもりだ)

私は自主的な運動を始めたのが16年前の9月で、これは部活や習い事など、自主的でないものは3歳から運動をしていたので理屈上運動歴は29年だが、自主的じゃない時期は重要な事柄がのきなみ残っていない。鍛えてから断片的に先生のいうことが理解出来る程度で、あまり得られた物が多くない。
つくづく好きなこと――つまり、やる気が勝手に沸いてくること――をするというのは重要だと思っている・・・

趣味として捉えるのは重要だ。私は筋トレを運動として捉えてはいるが、それ以上に趣味として捉えている。趣味には貴賤がない。これは素晴らしいことなんだ。ただ楽しめばいい。 いやになったらやめればいいのだ。
私は最初にボルダリングにおける、ツメだのクツだのきついところを意識してしまった。当時は腰部椎間板ヘルニアがひどく、かつ応援団という明らかにヘルニアにはよろしくない事をしていたのもあり、応援団とアームレスリングだけで一杯一杯だ、というネガティヴな考えに陥ってしまっていたのかも知れない。だが登ること自体は楽しかった。

もし、趣味という以前に、ほんの一片でも「ジム」だとか「運動」だとかとして捉えていると、
仕事でイライラした日があるとしたら、壁に取り付くのを控えてしまうかもしれない。
しかしイライラした時も壁に取り付いてみよう。趣味なんだ。運動じゃない。行ってみるとわかる。きちんと壁が趣味そのものである場合、経験上長くて10分以内でイライラは消える。

仕事で何かあった後に運動として捉えていると、つい足が遠のいてしまう。義務として捉えちゃうと、辛さは増していくだろう。
でももし本当は趣味だけど運動として捉えちゃってる場合、実体は趣味を無理矢理我慢しているというさらなる我慢を生む。ストレスが悪化するはずだ。
これは表面上の意識の問題なんだ。試しに、イライラしても行ってみよう。根っこが趣味かどうかわかるはずだ。ダメだったら次は行かなければいいのだ。爆発寸前でも、だぜ!

もしかしたら向上心が多い人は割り切りっぷりにひっかかるかも知れないが、過酷な努力を要する競技人口の多い競技でも趣味として捉えている人が世界のチャンピオンになったりする。
この思想は決してハンデにならない。

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while ( !this.IsDuty )  //=> StackOverflowException

■ 2 競争意識やらケガやら

この競争意識というヤツは、人間を成長させてくれると同時に、人間を破壊する。
人間は自分が出来ること以上に自分を成長させる事が出来るのは間違いない・・・しかし、冷静に考えてみよう。
ほっとけば週に8回も9回もジムに行ってしまいそうな人間が、それ以上にやってどうするだろうか?
人間は人間を相手にしていなくても、たとえば「評判」や「自分で勝手に決めた締め切り」で勝手に競争意識が暴走してしまうことがある。そして無理をし、ケガをする。そして、そのケガは、半年以上行動不能になるかも知れない。気力が充実しているときにもう一歩、でいいはずだ。

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それでも勝手に無理しちゃうんだけど

私は小さいものも合わせると数百回ケガをしてきたが、ケガをしても痛みが溜まったり酷くならないケガなら、勝手に治っていく。ケガを治すときのコツだ。
(こういうとき、ジムに経験豊富な達人がいると最高だ・・・都市部なら問題なくいるはずだ)

もちろん快適領域・・・・「コンフォートゾーン」から出ようとしない人々も居る。ただ、これは別な話になる。そんな人は週に8回もジムに現れたいと思わないはずだ。

自分の肉体は自分の命令で動くが、それ以上に、自分そのものなのだ。天才や達人と思った人を参考にすることは出来ても、トレースは出来ないのである。

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やればやるほど相手の化け物さ、自分の体の複雑さに気付いていく

3 最後に

なぜか運動をしていると、関係ない身体能力まで異様に高いモノと勘違いされる。勘違いならいい。”期待”される。ヤバイ。
これは問題だ。普通の人間にはガッカリされたくない社会性がある。期待に応えたいと思ってしまうはずだ。
~やって!といわれて、「出来ない」といおうものなら、「えー」とか言われる。
たとえば、たまたま飲み会に同席している体重が1.5倍のトレーニングマニアにアームレスリングを挑まされるかも知れない。

この「アインシュタインはカツオノエボシの生態を知っているはずだ」的なことについて、なんとボディビルの日本チャンピオン経験者に相談を受けたことがあるくらいだ ・・・みんながリンゴがつぶせないとダメって煽ってくるんです、と・・・

これは教育のディストーションだとおもっている。誰も悪くないのだ。
意外と飲み会で負うリスクは大きい。弁明すると微妙な空気になり、ジョークに持って行くしかなくなる。
しかし、#kabepyに重要なのは登ることのはずだ!

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一見壁に使いそうなピンチ力でも、ジャンルが違う

しかし確かに言われっぱなしは面白くない・・・そんなあなたには・・・
外岩登ってる写真でも持っとくしかないですね ケガしないようにね・・・

それでは良いお年を!

12月

ついに今年も最後の月になってしまいました。忘年会シーズン、同時に、鉄火場ですね。
当社も請け負っているシステム開発が鉄火場になってから半年位経ってしまっています・・・更新が開いてしまっていますね。

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町内にきれいな虹が出たときの写真です。
虹 078

秋です。スタッフはプロジェクトに延々と放り込まれております。
やや時間を取りづらい状態になっており、色々悩ましいです・・・

綺麗に穂を輝かせるすすきが、雑草として借り倒されていっておりました。
確かに雑草で、こうも生き生きと輝いている所を倒されると何か寂しいですね。
きっとすすき以外にも、うぶ毛をキラキラさせる雑草にもそんなイメージを抱くのでしょうか

風邪に お気を付けて