大船渡に向かう途中の話である。 宮城県石巻市の日和山。カメラを持って車を降りた。 「アンちゃんたち、どっから来たんだい?」 撮影をしていると、知らないおじいさんに話しかけられる。 「七ヶ浜から大船渡の実家に向かう途中なんですが、6年間石巻の学校に居たんですよ」 この返事をすると、口調が柔らかくなったように感じた。
スタッフブログ
2012
51 福島県相馬市
会社の仕事を手伝ってくれているA氏は親戚が5名被災し、5月当時は全員行方不明扱いになっていた。そのうち3名が福島県相馬市で被災したという。 A氏は車を持っていないので、福島県郡山市で合流し手を合わせために車で乗っけた。 「さて行こうか」 着く頃には夕方になっていた。この夕方という雰囲気が妙に被災地の雰囲気を出す。 来る途中から嫌な平地が見えたとは思った。 「何があったんだ?」
2012
50 災害弱者と「大丈夫」
「大丈夫?」といえば 「大丈夫」と帰ってくる。 こだまでしょうか? いいえ、建前です。 「遠い親戚より近くの他人」という言葉がある。 これを読んでいる方にも直撃地域に知り合いや親戚が居るかもしれない。
2012
49 芸能人の炊き出しとは何だったのか
芸能人の炊き出しなど、心温まる話がたくさんあったと思う。中には売名と揶揄する人もいたようだが、実際はどうだっただろうか。 「あいつら、わがままなんですよ」 まとまった土地の使い道の責任を持つ某市の某氏※は芸能人の炊き出しの打診電話の内容を振り返って語ってくれた。 ※凄い遠回しな表現だが、これで容赦していただきたい。 そこに出てくるのは、炊き出しでもかなり有名な、何日もテレビで紹介されたような集団の名前だ。 そして、こんな打診してきた集団は一つではない。 「本人たちが電話してくるわけではなくてマネージャーなんですが、食物とかは持って行ってやるから、水用意しろって言うんです」 ――えらい上から目線ですね。そして水ですか。それはあの状況を何も解ってないですね。 水は「圧縮」できない。運ぶときに最も邪魔になる。オレンジジュースは粉末で運ぶことは出来る。しかし運んだ先に水があるとは限らない場合、ただの粉だ。
2012
48 黒い感情
せめて 看取るまでは やさしい歌を 瓦礫の中に流れてついていた結婚式の写真。本人たちは無事だろうか – 2011/05 - 500万円 – 東日本大震災において、世帯主が死亡した際、災害弔慰金として支給される金額。
2012
47 ウニとタコ
震災時の「激しい映像」は通電後のテレビでは見ることが出来なかった。 一説によると、気を使って放送を控えたという話もある。 インターネットの動画で当時の報道を見ると、陸前高田への希望的な予想は無くなった。 凄まじい動画だった。しかし、動画は動画だった。感想は「凄い」以上にはならないだろう。 どんな動画であろうが、あらゆるものに異様な力が加えられたときの大気に叩かれるような音や、街だった場所の圧倒的な質量は存在しなかったのである。 ■海の遺体と海の幸 しばらくどうしようもない状態が続いたため、時に遺体は大した深さの無い所に着底しており、目視できたという。
2012
トップ
2月ですね。最近寒いですね。とてつもないですね。海沿いといえど、-10度、超えてきていますね。これはですね、体感温度ですと-20度に行ってしまうこともあるわけですね。寒いですね。 トップの説明ですね。 近所の海と繋がった堀にたくさんのシロサギが居ます。そこで彼らはエサを食べてるわけです。これが面白いように魚が揚がってくる。こんなに豊漁で良いのかと思えるくらいモリモリ食べてるんですね。
2012
46 震災ストレス 2
■不眠 「海は望めるけれども高台にあったため家は無事で、電気も来ていて、食事もたっぷりあったが、夜な夜な避難所に顔を出す人がいるね。海風の音や波の寄せ返す音が、当日の”助けて”に聞こえて家にいたくないって」 – ある釜石市の住民の話 私の場合そんなトラウマじみた話はなく、ただ寝られない。いうならば、遠足や修学旅行前日のような興奮状態になる。やや心拍数が高く、寝る状態ではない感覚。 カフェインの類は就寝10時間前から摂取していない。
2012
45 震災ストレス
東京は明るく、蛇口をひねれば水が出る。火も付く。 かつ何よりも、人が歩いている。 滅亡した土地にいた自分には眩しいような不思議な感覚だった。 恐ろしい事にインターネットが繋がっているので(平時なら当然のことなのだが)、とりあえず私が安否確認システムGoogleParsonFinderに掲載されていたので「無事」と入力する。 暮らしは便利だが、当然話は通用しなかった。 「新沼さんは内陸に住んでいるから影響はなかったはず」 という話が出来ていたり、
2012
44 平時へ
ここからは日記形式ではない。 電気が来ると同時にテレビが付く。ほとんどが原発事故の報道でそれに混じって公共広告機構、通称「AC」のCMが鳴る。 このCMは本当に少しのパターンしかなく、震災の思い出=ACのCMというイメージがある方も多かったと思う。 (東日本ではACのCMは長期にわたったが、西日本ではそうでもなかったようだ) バス会社は無償で東京に送迎バスを出したりしており、テレビが乗車を希望する人向けに連絡先を報道している。当然、地元向けだろう。 背景は常に終局的な光景で、連絡先は半透明のウィンドウで表示されている。 要はただのバスの連絡先である。