33 犯罪

約14万6千台

宮城県が発表した、宮城県内だけでの被災した自動車数。全体ではさらに倍を超えるとされる。

ガソリンの供給不足は異常だった。
満タンにするために、人々は前々日から、つまり48時間近い時間をかけて並んだ。
ほとんどのガソリンスタンドは緊急車両専用だった。緊急車両の紙を偽造し、ガソリンスタンドに入ろうとする者も居た。
このガソリンスタンドでガソリンを売る、と言うK新聞の情報を信じてガソリンスタンドに向かったが、ガソリンスタンドは閉まっていた。翌日、K新聞は誤報を認め謝罪した。

我が家の車もガソリンが無くなり、ただの充電池と化した。

津波の勢いが保たれなくなったあたりの、いわゆる波打ち際に大量に打ち上げられた自動車はほぼ根こそぎ給油口が開けられ、或いは下からタンクに穴を開けられガソリンを盗まれていた。

それは信じられない光景だった。自動車が大量に打ち上げられた光景ですら異様なのに、そのガソリンが盗みに盗まれている。
盗むには余りに大量に密集した自動車なのだ。大阪に住んでいるのなら、なんばの商店街の人間が全部自動車になって打ち上げられているのを想像すればいい。東京に住んでいるのなら、秋葉原のにいる人間が全部自動車になって打ち上げられているのを想像すればいい。

しかし、これは想像しづらい。まだ3月も中旬に、20キロも離れていない宮城県の某所からタクシーで帰ったとき、運転手とこんな会話をした。

「テレビで見ましたが、多賀城も酷そうですね」
「まだ自動車かなりありますからね」
「いやー本当に酷そうですからね」
全く明かりが無い多賀城にさしかかり、ヘッドライトがうっすらと道路沿いの塊を照らすと、
「せいぜい数台と思っていましたが・・・これは・・こんな・・・こんな事が・・・・」
同じ県内に住んでいても、それほど信じられないのである。

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異様な量の自動車だった – 宮城県多賀城市にて

そんな中、父親は自分の流された軽トラからうまいことガソリンを抜き取ってきた。15リットル程度だろうか。塩水が入っているので分離すると、うまいことエンジンがかかった。
母親の職場である病院からカテーテルを調達した。病院は変わり果てており、分厚い泥の中にバイオハザードの缶がひっくり返っていた。流された母親の車からも抜き取ろうとした。ガソリンを入れたばかりだったが、どうもほとんど入っていない。
ここで解ったことは、ハイオクはほんとうに不味いということだった。ものすごく口が痛い。人の飲み物とは思えない味だ。

この頃、ガソリンスタンドなどの関係者で怪しい連中が跋扈していた。

「1リットル1000円で用意出来る、買うか?」

そう言い寄って来た者も居る。この話をすると、いつもこう言われるのだ 酷い、と。断っておくが、1000円は高くない。タクシーがせいぜいの移動手段だ。私は足下を見た商売だとは思わない。正しい価値だ。タクシーは同じ距離を走れば、2000円~3000円取られるだろう。

このガソリンの出所はどこなのだろうか?

それは私は知らないが、そういう話があった。それだけである。