74 釜石の夜

釜石で日が暮れ、宿泊することにした。
当然震災に見舞われた沿岸部である。宿はない。
田舎だと自販機5台に駐車場50台分、といったトラックドライバーが一眠り出来るようなところがたまにある。
道路を新設する工事の時よく見る、プレハブ群があったような広場がそのまま自販機&駐車場になったといおうか。
そこで車中泊をする事とした。
お疲れ様という事で軽く飲もうかとお酒を買いに行く。

なかなかのスペースがある酒屋だ。先客の2人組が店主である老年の女性としばらく話した後、酒を買って帰っていった。

余震で倒れてこないようにヒモが張ってある棚に置いてある”ぶどう液”を見つけて、
「ぶどう液。これうまいんだぜ」
同乗者のSに言う。
「なんなん?」
「ものすごい濃いぶどうジュースみたいなものだな。子供から年寄りまで、うちのあたりじゃ大阪でいうたこ焼きみたいなもんだ」

大阪ではたこ焼き器が一家に一台あるという。ぶどう液は大抵冷蔵庫に入っているものだ。

「無いわよ」
店主はいう。
「ぶどう液が無いとカッコが付かないから棚に置いてあるだけよ。高田はあの通りだからね」
ここらへんのぶどう液は皆、陸前高田で作られていた。

「あなた詳しいわね ここら辺の人?」
「まあ・・・大船渡出身ですね」

「あら!そう・・・大変だったでしょう・・・さっき仙台から記者が2人来ててね・・・あなたも見たでしょ・・・話聞かせてくれっていうからね、もっと速く来なさいって返しちゃったわよ」

同乗者(仙台出身)「・・・・・・・・・・」

「な、なるほど・・・・ここまで来たんですか」
「来たわよ・・・・・ちょうどこの前あたりまでね」
店の入り口からどこまで津波が来たか指をさす。

「家が無事でも、夜になるとあのときの声が聞こえる、といって避難所に戻ってる人もいるからね。お酒もごく一部か、さっきみたいに外からの人が買うだけで誰も買わなくなってしまった」

自粛的な意味もわずかにあるだろうが、そもそも被災地では自粛云々というより家ごと無くなった人が多い。

「なるほど・・・・」
「ここもやめようかと思ってね」
「えっ やめちゃうんですか?」
「人が来ないからねえ」
「そうですか・・・・・じゃあいいお酒買っていきますか・・・・」
「そ、そうすね・・・・」
同乗者も同意した。

「そこの大吟醸と限定の泡盛を」
(何故か知らないが、岩手なのに泡盛も作っている会社らしい)

「ありがとうね、どうもありがとうね・・・・」

こうして何とも言えない気分になりつつ駐車場に戻っていく。

ほんとに酒を買いつつ目につかないところで、という通りになった訳だが・・・・